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原子吸光光度計の原理と応用

1. 概要

原子吸光法(Atomic Absorption Spectrometry,AAS)は、試料を高温中で原子化して、そこに光を照射し、その吸収スペクトルを測定することで、試料中の元素の定量を行うものです。
本法は特定の元素に対して高い選択性を示すことから、多くの分野で広く用いられており、各種公定法などにも多く採用されています。

2.AAS の原理

2. 1 原子が光を吸収するわけ

原子吸光法は、原子が固有の波長の光を吸収する現象を利用したものです。図1にNa 原子の例を示します。

図1 Na 原子の基底状態と励起状態

図1 Na 原子の基底状態と励起状態

全 ての原子は低いエネルギーを持った状態(基底状態)にあるものと、高いエネルギーを持った状態(励起状態)にあるものとがあります。基底状態の原子は、外 からのエネルギーを吸収し励起状態に移ります。エネルギーは光として与えられますが、基底状態と励起状態のエネルギーの差は元素によって定まっているの で、そのエネルギーに相当する波長の光のみが吸収され、他の波長の光は一切吸収されません。すなわち、吸収される光の波長は元素によって定まっていること になります。原子吸光法ではホローカソードランプと呼ばれる、元素固有の波長の光を出すランプを光源として用い、この光の吸収量から原子の濃度を求めます。

2. 2 吸光度と原子濃度の関係

基底状態の原子に、ある強さの光を照射したとき、この光の一部分が原子によって吸 収されますが、この吸収される割合は原子の濃度によって決まります。照射した光の強度I0 と、長さl の空間に広がる濃度C の原子によって吸収された後の光の強度をI とすると、I とI0 には次の式が成り立ちます。

I = I0 × e-k・l ・C (k:比例定数)

吸光度(Abs.)=- log( I / I0)=klC

これをランベルト・ベールの法則(Lambert-Beer's Law)と呼びます。これより、吸光度は原子の濃度に比例することが分かります。

2. 3 試料を原子化する方法

今 まで述べた原理は"自由な原子"の光吸収について当てはまるものです。"自由な原子"とは、他の原子と結合していない原子を意味しますが、通常、試料中で は分子などの化合物として存在しているため、この結合を断ち切って"自由な原子"を作り出す必要があります。これを原子化と呼びます。

a) フレーム法

バー ナでフレームを燃やし、これによって原子化を行うものです。模式図を図2に示します。試料はネブライザーで霧化し、チャンバー内で燃料及び助燃ガスと混合 され、フレームに導入されます。フレーム中で分子は熱解離して"自由な原子"が生成されます。フレーム法では、感度や安全性、コストなどの点から、空気- アセチレン及び亜酸化窒素- アセチレンのフレームが用いられますが、温度とガスの特性によって元素ごとに使い分けられます。

図2 フレーム法模式図

図2 フレーム法模式図

b) ファーネス法

フレーム法は、その簡便性から、広く用いられていますが、分析感度はppm オーダーです。
ファーネス法は、試料の原子化効率を高め、ppbオーダーでの測定を行うものです。模式図を図3に示します。試料をグラファイト製のチューブに注入し、 チューブに電流を流すことで得られる発熱により試料中の元素を原子化します。試料は、通常、3段階に分けて加熱しますが、測定元素や試料の組成に適した条 件(温度、加熱時間、昇温の仕方)に設定する必要があります。まず、乾燥の段階では、チューブを100℃前後に加熱して、試料の溶媒分を完全に蒸発させま す。次の灰化の段階では、400℃~ 1000℃で加熱し、有機物などの共存物を分解させます。そして、原子化の段階では、1400℃~ 3000℃に加熱し、チューブ内に残った金属塩を原子化します。

3. 分析例

図3 ファーネス法模式図

図3 ファーネス法模式図

3.1 キレート樹脂固相抽出法を用いた模擬海水中のCd、Pb のフレーム分析

平 成25 年に改正されたJIS K0102 工場排水試験方法において、キレート樹脂を用いた固相抽出法がCu、Zn、Pb、Cd、Fe、Ni、Co の前処理法として採用されました。この処理を用いることで目的元素を、妨害成分となるNa、K、Ca などから分離濃縮することが可能です。ここでは模擬海水中のCd とPb を市販のキレート樹脂カートリッジを用いて、固相抽出処理し測定した例を示します。図4は、抽出処理前にCd0.01ppm、Pb0.1ppm 添加した試料と実試料のフレーム測定のデータ例です。

図4 キレート樹脂固相抽出法を用いた模擬海水中のCd、Pbのフレーム分析例

図4 キレート樹脂固相抽出法を用いた模擬海水中のCd、Pbのフレーム分析例

3.2 食品添加物中重金属のファーネス測定

食 品添加物には、保存料、甘味料、着色料、香料など、指定添加物や既存添加物、天然香料を含めると1000 品目以上あります。食品添加物の安全性を確保するために、純度や成分などについての規格があり、食品添加物公定書において、その試験方法や値が定められて います。第8版では、ネスラー管を用いた比色法が採用されていますが、次の第9版では、個別元素の試験方法に変更されます。ここでは機能性食品、医薬品、 化粧品などにも用いられているα - シクロデキストリン中のCd とPb を測定した例を示します。図5は、固体中換算でCd 0.05 μ g/g、Pb 0.5 μ g/g 添加した試料と実試料のファーネス測定のデータ例です。

図5 食品添加物中重金属のファーネス測定例

図5 食品添加物中重金属のファーネス測定例

高坂正博
(株式会社島津製作所)

2015年11月11日 公開

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