示差走査熱量計(DSC)の原理と応用

概要

 示差走査熱量計(DSC)は、一定の熱を与えながら、基準物質と試料の温度を測定して、試料の熱物性を温度差として捉え、試料の状態変化による吸熱反応や発熱反応を測定する装置です。DSC による熱物性測定は、溶融のような単純な熱による状態変化の反応だけでなく、構造の相転移、結晶化などを把握することを可能とし、高分子材料、有機材料、金属、セラミックなどの物性評価に広く応用されています。
本編では、DSC の原理、装置構造などを解説し、有機系物質の測定結果解析例とポリエチレンテレフタレートの測定応用例を紹介します。



1.はじめに

 物質が工業的な材料として使用される場合、材料に期待される特性・機能や効果は温度によって変化するため、材料レベルで温度に対する状態変化を明らかにすることは重要である。また、工業製品の製造工程の最適化のためにも、構成材料の熱物性を把握しなければならない。熱分析は、一定のプログラムに従って、試料を加熱または冷却しながら、試料に生じる変化を測定する技法である。これまでに各種の素材の基礎研究、開発評価の用途だけでなく、製品の出荷や受け入れ検査などでも広く活用されてきた。熱分析法の代表的なものとしては示差熱分析(DTA)、示差走査熱量測定(DSC)、熱重量測定(TG)、熱機械分析(TMA)、動的粘弾性測定(DMA)などがあるが1)、ここでは主にDSC を取り上げ、測定原理、特徴、および応用事例を紹介する。

2.DSC の測定原理

 DSC とは試料の吸熱・発熱に伴う熱流の変化を検知し、高分子材料のガラス転移、結晶化、融解といった相転移現象をはじめ、熱硬化樹脂の硬化反応や、タンパク質の熱変性、澱粉の糊化などを観測できる装置である。DSC の測定原理を記載するにあたり、まず装置構成の基本形である示差熱分析(DTA)について説明する。DTA の装置構成を図1に示した。試料と基準物質をヒーター内の対象位置に配置し、ヒーターを温度プログラムに従って変化させ、試料と基準物質に設置した熱電対でそれぞれの温度を計測する。図2(a)は、ヒーターの温度Th を時間t に対して直線的に上げたときの基準物質の温度Tr と試料の温度Ts を模式的に描いたものである。

DTAの装置構成とDTAにおける温度と温度差の時間変化

 ここで基準物質としては、測定温度範囲で変化のない物質(通常はα - アルミナなど)が用いられる。ヒーターの昇温が始まると、基準物質、試料ともそれぞれの熱容量により、少し遅れながら昇温を開始し、やがてヒーターの温度に追従して昇温する。ここでは基準物質よりも試料の方が、熱容量が大きいことを想定したため、試料温度の方が立ち上がりの時間遅れが大きくなっている。温度上昇に伴い例えば試料に融解が生じたとすると、図2(a)に示したように試料の温度が停滞し、融解が終了すると急速にまた元の温度上昇曲線に戻る。DTA では「示差」の言葉が示すとおり、試料と基準物質の温度差を測定することで、測定感度を高めている。図2(b)には試料と標準試料との温度差(Δ T=Ts - Tr)を時間t に対して描いた。この曲線がDTA 曲線である。
 以上のようにDTA は試料の転移や融解、反応等の吸発熱現象が生じる温度を測定するが、DSCではこの温度測定に熱量測定が加わる。DTA とDSC が描く曲線形状は、基本的に同じであり、異なっているのは縦軸が熱流(熱容量)に、ピーク面積が熱量(エンタルピー変化)に精度よく換算できるかどうかである。
 DSC には熱流束型と入力補償型の2種類があるが、現在広く利用されている熱流束型DSC の装置構成を図3に示した。

DSCの装置構成

この手法は温度制御されたヒートシンクを持ち、その中に試料と基準物質とを設置する。既述のDTA と大きく異なるのは図中の熱抵抗体である。ヒートシンクと試料および基準物質の間に熱抵抗体を設け、熱抵抗体の定まった場所で温度差を検知する。試料および基準物質への熱の出入りは熱抵抗体を介して行われる。ヒートシンク-試料間、及びヒートシンク-基準物質間に流れる熱流差は検知している温度差に比例する。たとえば融解熱量が既知のインジウムなどの標準物質を用いて較正し、縦軸熱流(mW)のDSC 信号としてプロットする。

3.有機系物質の相転移とDSC 曲線

 DSC の測定対象は、有機、無機、金属、セラミックなど様々であるが、中でも応用例の多い有機系材料について、物質の相転移と観測されるDSC 曲線の関係を記述する。図4(a)に圧力(外力)一定の下で物質の温度(T)とエンタルピー(H)または体積(V)の関係を模式的に示した。また図4(b)にはT とH の関係を時間t で微分したものを3つのケースに分けて示した。1から3の微分曲線は結晶およびガラス状態の昇温DSC 曲線を与えている2)。(a)のAB は溶融相、CD は結晶相、EF はガラス状態を示す。

温度とエンタルピー(または体積)の関係とDSC曲線

 結晶性の物質を溶融させて(A 点)、適切な速度で冷却すると、B 点でC 点に移って結晶化しD 点へ移行する。D 点の物質をDSC で昇温する場合、D → C → B → A の経路をたどり、得られるDSC 曲線は(b)の3のように温度Tm(融点)で融解ピークをもつ。
 またA 点から急速に冷却した場合には、B 点で結晶化できずに過冷却状態となり、E 点でガラス状態となる。F 点から昇温すると、DSC 曲線では図4(b)1 のように温度Tg でベースラインのシフトが観測される。Tg はガラス転移温度である。(b)1 は非晶性物質の場合の典型的なDSC 曲線であり、Tg でのシフトのみが見られる。溶融状態のA 点から急冷してガラス化した結晶性物質の場合は、F → E のあとG 点で結晶化してH 点へ移り、C 点で融解する。すなわちF → E → G → H → C → B → A の経路をとる。G 点での結晶化を冷結晶化(Cold Crystallization)と言う。この場合のDSC 曲線は図4(b)2をとる。

4.DSC の応用例/ポリエチレンテレフタレート

 図5 に汎用の結晶性ポリマーであるポリエチレンテレフタレート(PET)のDSC 曲線を示す。

ポリエチレン(PET)のDSC測定例

 室温で結晶状態にあるPET の1回目の昇温の過程が(a)、その後急冷し、再度室温から昇温した結果が(b)である。(a)では258℃付近に融解ピークがみられた。これは、図4(b)の3 に対応する。一方、(b)では73℃近辺にガラス転移によるベースラインシフト、133℃近辺に冷結晶化による発熱ピーク、258℃付近に融解による吸熱ピークが観測された。これは、図4(b)2に対応し、融解後に急冷したことで、ほとんど結晶化せず非晶質状態であったことがわかる。

5.おわりに

 本報ではDSC の基本原理と応用事例を紹介した。既述した事例のほかにも、光源と組み合わせたDSC は、紫外線硬化樹脂の硬化過程で発生する反応熱を検出する。光化学反応を高感度に検知することで、照射光の波長や強度などの硬化条件を決定する上で重要な情報を与える3)。また、高感度型DSC は従来観測が難しかったマイクログラムオーダーの微量な試料の情報を捉える。物質間の界面の研究にも用いられており4)、今後さらなる発展が期待される。

【参考文献】
1) 小澤丈夫, 吉田博久編," 最新熱分析", 講談社( 2005), pp.4-6.
2) M. Todoki, "DSC and TMA of High Polymers", Netsu Sokutei, 31, 5, pp. 241-248( 2004)
3)葛西佑一, 中村敏彦, 坂井信支," ナノインプリント材料の熱硬化反応と熱特性解析", 熱測定討論会講演要旨集,日本熱測定学会( 2009), pp.154
4)江本奏, 張俊赫, 吉田博久," 有機薄膜の相転移に対する膜厚効果", 高分子学会予稿集(2011)Vol.60, No.1, pp. 827

岩佐 真行
((株)日立ハイテクサイエンス)

2012年5月10日 公開

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