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電気化学測定法の原理と応用

概要

 電気化学測定法は、電池やめっきの基礎となる電気化学という学問を基礎として、溶液中のイオンや残留物質を定量・定性分析する手法です。測定は電位差を測定する方法と電流を測定する方法の二つに大別され、電位差測定法、電気伝導度測定法、アンペロメトリー・ボルタンメトリー、交流インピーダンス法などに応用されています。
本編では、電気化学測定法の基本原理と前述の各種の電気化学測定法の原理とその応用を解説致します。

1.電気化学測定法の起源

 電気化学測定法は溶液中のイオンや溶存物質の定量・定性分析を簡便に行える手法として、幅広い用途での測定に用いられている。そもそも電気化学という学問自体は、荷電粒子(電子とイオン)が関与する化学現象を扱うものであり、その起源は1800年のボルタによる電堆(電池の原型)にさかのぼる。以来、2世紀にわたりこの学問は発展してきたが、電気化学測定法は、これら電池の起電力や電気分解反応を活用したもので、電気化学の起源とも言える現象を計測に適用したものと言える。

2.電気化学測定法の分類と測定系

 今日、普及している電気化学測定法は、電池の起電力を測定する手法と電気分解を行った時に流れる電流を測定する手法に大分される。前者は電位差測定法(ポテンショメトリー)と呼ばれ、後者は、電解の方法や電流値の検出方法によって異なる手法があり、総称は定義されていない。ただ、敢えて後者を電気化学測定法と総称し、前者と区別している文献もある。また、溶液中の電流の流れやすさを測定する導電率測定法は、実用上重要な電気化学測定法の一つであり、電圧を加える手法という点で後者に属するが、電気分解を抑えながら測定を行う手法ゆえ、別個の分類と考えられる。
電気化学測定法の構成は、基本的には電極と回路系からなる簡単なものである。電位差測定では、2つの電極間の起電力を電位差計で検出するのに対し(図1)、電気分解による手法は、多くの場合3つの電極を用い、回路系は電気分解と電流検出を行えるものを用いる(図2)。両者ともに電極には、基準電位を取るための参照電極と、測定対象を検出するための作用電極を用いるが、後者は、参照電極と作用電極の間に電圧を引加し、対極と呼ばれる3つ目の電極と作用電極の間に流れる電流を測定する。また、参照電極と作用電極で電気分解を行う場合、電気分解反応に伴って印加電圧が変動することを防ぐため、ポテンショスタットと呼ばれる装置が用いられる。なお、参照電極は、電極電位の基準となるもので、ゼロ電位の基準は白金に水素ガスを吹き付ける水素電極であることが世界的に取り決められている。実用上広く用いられる電極は銀/塩化銀電極と呼ばれるもので、理想的なものは、水素電極に対して+0.22Vの電位を示すことが測定されている。

電位差測定の測定系と電気分解を利用した測定法における測定系

3.種々の電気化学測定法とその応用

 実用的に広く用いられる電気化学測定法について、具体的な測定方法や測定対象と応用展開を紹介する。

3.1 電位差測定法

 溶液中の特定のイオン濃度(厳密には活量という物性パラメーター)を選択的に測定したり、酸化還元電位(ORP:Oxidation Reduction Potential)という溶液物性を測定することができる。イオンの測定は、作用電極に溶液中の特定のイオンに選択的に応答する膜を有する電極を用いる。代表的なものはpHメーターに利用されるガラス電極で、特殊な組成のガラス薄膜が、水素イオン(正しくはオキソニウムイオン)や水酸化物イオンと選択的に反応し、これらの濃度依存の電位を発生する現象を利用している。他に、ナトリウム、カリウム、カルシウムイオンなどのカチオン、フッ化物、塩化物、硝酸イオンなどのアニオンを選択的に検出できる電極や、ガス透過膜を組み合わせた溶存ガスセンサーなどが実用化されている(図3)。また、ORPの測定は、作用電極が白金や金などの貴金属からなるORP電極を用いる。
本法を用いた計測装置や電極として、pHメーターやガラス電極の他に隔膜式アンモニアガスセンサ、イオン電極による血液電解質測定装置、さらにORPを用いた水質汚染分析用の化学的酸素要求量測定装置などがある。

3.2 電気伝導度測定法

 金属の電線の場合、その電気抵抗に応じて電流の流れやすさが異なるように、溶液の場合にも、電流の流れやすさには大小があり、その大小は溶液中のイオンの量と動き易さに依存する。電気伝導度測定法は、水溶液中を流れる電流量から、溶液中のイオン量を測定する方法である。測定には白金黒(白金の上に白金微粒子を析出させたもの)による一対の電極を用い、両電極間を流れる交流電流から電気伝導度を算出する。電位差測定法のように特定イオンを選択的に測定することはできないが、イオン量の大小はイオン種に拘らず水溶液の純度や汚染度の指標となり、本法は水質モニタリングに広く用いられている。
また、本法を用いた計測装置として、臨床検査用の血球計数装置、果樹検査のための酸度分析装置さらには、大気汚染モニタリングのための二酸化硫黄測定装置が挙げられる。

3.3 アンペロメトリー・ボルタンメトリー

 電気分解を用いる手法の代表的なもので、電極と電子の受け渡しをする物質(電解活性種と呼ばれる)の定量・定性分析を行える手法である。作用電極には、白金、金、カーボンなどの導電性の固体材料が用いられる。アンペロメトリーは電位を一定に維持した時の電流値を測定するのに対し、ボルタンメトリーでは電位を変動させ、その時の電流量の変動を測定する。アンペロメトリーは、溶液中の特定の溶存物質の定量分析に適用でき、液体クロマトグラフィーの検出器や、溶存酸素センサーや血糖センサーとして実用化されている例が挙げられる。溶存酸素センサーは廃水・下水処理における監視や制御、血糖センサーは糖尿病の臨床検査の分野で不可欠となっている。これらの電極は、電極表面に酸素透過膜や酵素膜を取り付け、その膜内の溶液を電気分解する方法を用いている。膜内の溶液の電解活性種が限定されるため、実用化されているセンサーでは、参照電極を省略したり、構造を簡略化している場合が多い(図4)。ボルタンメトリーは、印加電圧と検出される電解電流の関係から測定対象の定性分析を行うことも可能であり、生体関連物質から種々の工業材料まで、幅広い対象物についての物性評価や反応解析に用いられる。
ボルタンメトリーのバリエーションとして、溶液中の溶存物質を電極表面に濃縮させた後、その物質を電解溶出させた時の電流値から対象物質を定量分析する、ストリッピングボルタンメトリーという手法もある。溶存物質を濃縮させてから測定するため、対象物によっては、発光分析法と同レベルでの高感度検出も可能である。

3.4 交流インピーダンス法

 電気回路において、回路に交流電圧を加えることで、回路インピーダンスを求めることができるが、本法は同様の測定を電気化学系において行うものである。本法では、溶液中の物質と電極の間での電子の受け渡しが行われている状態で交流電圧を加えるため、反応による抵抗成分や容量成分を求めることができる。反応を起しているまさにその電極表面近傍の状況を把握できることから、電極表面で金属が析出・溶出するメッキ工程や腐食工程、さらに、電池の充放電状態の評価には重要な計測法である。

4.おわりに

 電気化学測定法は、電極と簡単な装置で簡便に多様な測定を行える便利な手法であり、バラエティーに富んだ計測装置に展開されていることをご理解いただけたかと思う。本稿の趣旨や紙面の都合で、数式や具体的なデータの紹介は省いたが、電気化学測定法は2世紀以上にも渡って築かれてきたものである。本稿を起点に理論や原理の理解を深めていただき、より効果的な測定を実践されることを期待したい。

ポーラログラフィー

野村 聡
((株)堀場製作所)

2011年12月26日 公開

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