分析機器情報

機器分析の発展と将来への期待

1.はじめに

日進月歩の科学技術により、我々の社会や生活は目まぐるしく変化し、進歩し続けている。生活を豊かにしたものを挙げてみると、スマートフォン、IoT 対応の省エネ家電、電気自動車あるいはハイブリッド自動車、高度な医療、LED と枚挙にいとまがない。このような科学の発展を支える基盤技術として、また、同時に科学を牽引する存在として機器分析が果たした役割は大きい。 本稿では、機器分析のこれまでの進歩を振り返り、貢献してきたさまざまな場面を挙げていきたい。

2. 機器分析のこれまで

科学は19 世紀前半に著しく発展し、分化、専門化が進んだ。この時代に化学の基礎が築かれ、化学分析は大きな貢献を果たした。化学分析の発展は、19 世紀の元素発見の歴史とともにあった。 分離精製方法や検査技術の進歩は新元素(あるいは新鉱物)の発見につながり、それがさらに分析化学の進歩をもたらしてきた。その後、20 世紀に入ると、産業の発展とともに機器分析の開発が進んだ。日本の分析機器の開発は、電子顕微鏡等いくつかの例外を除いて、多くは1945 年の第二次大戦終了後に始まった。その後、国内需要の高まりとともに、順調に国産化が進み、優れた独自技術と独自製品を多数生み出した。[1]

高度成長により産業の規模が拡大した後の1970 年代には、分析が担う役割や責任も増え、分析受託業の業態が現れた。1980 年前後から、分析機器の輸出も大幅に伸び、汎用機器分野においてはグローバルな競争力を獲得した。[2,3]

そして、現在の日本における分析機器市場規模は2,162 億円に達している。[4] 科学技術の進歩は計測技術に支えられ、計測技術の進歩は新たな科学技術の発展の基盤となっている。新しい計測技術の開発により、それまで知られていなかった事実が発見される事例は多く、科学技術の進歩を担ってきた。[2,3,4] 社会環境と分析機器開発の流れ、分析機器のトピックスの関係を年譜(表1)に示す。[5]

 

表1 社会環境・分析機器開発の流れ・トピックスの関係
表1 社会環境・分析機器開発の流れ・トピックスの関係

 

計測分析機器の関連では、多くのノーベル賞受賞者を輩出しており、ノーベル化学賞と物理学賞のうち15% 以上の割合を占めている。計測分析機器に関連するノーベル賞受賞例を表2に示す。 それぞれの発明・発見が、いかに大きな科学的・社会的インパクトを発揮するかが評価されていることがわかる。[2]

表2 計測分析機器に関連するノーベル賞受賞
受賞年 事項
1907 干渉計による研究(マイケルソン、物理)
1914 結晶によるX 線回折の発見(ラウエ、物理)
1915 X 線結晶構造解析法の確立(ブラッグ父子、物理)
1921 光電効果の法則の発見(アインシュタイン、物理)
1930 ラマン効果の発見(ラマン、物理)
1936 気体のX 線回折(デバイ、化学)
1937 結晶による電子の回折の発見(デヴィッソン、物理)
1952 原子核磁気能率の測定(ブロッホ、パーセル、物理)
1952 分配クロマトグラフィーによるアミノ酸分析法の発見(マーティン、化学)
1959 ポーラログラフ分析法の発明(ヘイロフスキー、化学)
1961 ガンマ線の無反跳核共鳴吸収の研究(メスバウアー、物理)
1962 核酸の二重ラセン構造の発見(ワトソン、クリック、医学生理学)
1962 蛋白質の立体構造の解明(ケンドリュー、ペルーツ、化学)
1964 生化学物質の構造決定(ホジキン、化学)
1964 メーザー、レーザーの発明(タウンズ、バソフ、プロホロフ、物理)
1971 ホログラフィーの発明(ガボール、物理)
1977 ラジオイムノアッセイ法の開発(ヤロー、医学生理学)
1985 結晶構造決定法の開発(ハウプトマン、カール、化学)
1986 電子顕微鏡に関する基礎研究と設計(ルスカ、物理)
1986 走査型トンネル顕微鏡の開発(ビーニッヒ、ローラー、物理)
2002 生体高分子の同定および構造解析のための手法の開発(田中、フェン、ヴュートリッヒ、化学)
2005 超短光パルスレーザーによる光周波数計測技術の開発(ホール、ヘンシュ 物理)
2008 緑色蛍光蛋白(GFP) の発見(蛋白観察マーカー)( 下村、シャルフィー、チェン 化学)
2017 クライオ電子顕微鏡の開発(デュボシェ、ヘンダーソン、ヨアヒム・フランク、化学)
2018 光ピンセット(アシュキンら、物理)

出典:平成19 年10 月3 日先端計測分析技術・機器開発小委員会(第19 回)配付資料6に加筆

3. 機器分析はどんな場面で役立っているのか

計測分析機器が使われる場面は、大学・研究機関の研究室や企業の研究開発の場だけにとどまらない。図1に計測分析機器技術分野の俯瞰図を示す。ここではコアに技術要素があり、その外側に順に計測分析機器 / 計測分析対象 / 計測分析シーン / 社会課題のレイヤーが囲んでいる。[6]

図1 計測分析機器技術分野の俯瞰図(新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO) TSC Foredight Vol.26「計測分析機器分野の技術戦略策定に向けて」より)
図1 計測分析機器技術分野の俯瞰図(新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO) TSC Foredight Vol.26「計測分析機器分野の技術戦略策定に向けて」より)

計測分析の利用は、屋外(フィールド)を含む「生産現場」「流通現場」「家庭」「医療現場」等に広がっている。この広がりにより計測分析機器の新たな市場の創出が期待され、さまざまなシーンで社会課題の解決に貢献している。[6]

それでは、機器分析が実生活でどのように役立っているのか、次項でいくつかの切り口から探ってみよう。

4.機器分析の利用分野

(1).半導体

科学と技術の世界で [7,8]「20 世紀最大の事件は、半導体の発展、すなわちトランジスタの誕生と集積回路の発展である」と言われるくらいに、半導体は今日のIT 情報化社会の礎としてきわめて重要な基盤技術となっている。半導体の時代は、戦後すぐ、トランジスタが発明された時から始まり、IC(集積回路;トランジスタ、コンデンサ、抵抗などを1つのチップに集積したもの)の時代に移っていった。その後、IC の集積度は一段と進み、LSI(Large-Scale Integrated circuit; 大規模集積回路、集積度1000 以上)へと飛躍を遂げ、さらに80 年代はVLSI(素子集積度が10 万~ 1000 万個)、90 年代のULSI(素子集積度が1000 万個超)へと技術革新が進んだ。2000 年代以降、システムLSI(多数の機能を1個のチップ上に集積した超多機能LSI)の生産が本格化した。

最近では、集積度が相当に進んだことから、「どのくらい小さくできるか」よりも「何ができるか」、すなわち機能・性能・消費電力の面での開発が進むこととなった。LSI のチップは主としてSi 基板の上に極めて微細で複雑な回路を集積したものである。半導体の集積度は“ムーアの法則”(18~ 24 カ月ごとに半導体の性能と集積度は2倍になるという法則)に従って発展しており、限界が近くなったとも言われるが、現在、回路の線幅は20nm のレベルまで微細化している。図2に示すように、半導体の集積度増加に合わせて電化製品の高度化が進んでいった。

 

図2. 半導体の集積度向上の歴史(日立ハイテクノロジーズ 半導体の歴史 より)
図2. 半導体の集積度向上の歴史(日立ハイテクノロジーズ 半導体の歴史 より)

 

半導体の製造は、表面および多層構造の制御が重要である。その発展を支えてきたのが、高分解の電子顕微鏡技術やナノオーダーの表面・深さ方向の分析技術である。また、ごく微量の異物や欠陥が性能に大きく影響することから、原材料の清浄度やプロセス環境のクリーン度が重要であり、これを評価するための超高感度の元素分析技術が半導体技術の発展を支えてきたといっても過言ではない。

 

(2).医療

健やかな生活と長寿命は高度な医療技術の上に成り立っている。1895 年のレントゲンによるX線の発見で、医療用レントゲン装置が胸部撮影に使用されるようになって医療技術が飛躍的に進歩した。1960 年代には、心電計、脳波計などの生体の情報を正確にモニタリングする機器の開発により検査が一般化し、的確な診断が可能となった。 また、自動生化学分析装置が出現し、血液、尿などの臨床検査における高速, 大量の処理が可能となった。[9] 1970 年代には、X 線CT の発明によって人間の体を輪切り状態の画像診断できるようになり、さらに超音波診断装置すなわち超音波技術の発展により、内臓の動きを外部の画像で診断できるようになった。また、内視鏡の出現により胃や腸などの体腔内部の診断・検査が可能となった。 1990 年代には、MRI(核磁気共鳴装置)の出現により、がんなどの腫瘍部分が正確に把握でき早期治療が可能となった。医療技術を支える診断技術(分析技術)を振り返ってみると、これらの医療機器のお世話にならない人はほぼいないことがわかる。

 

(3).再生医療

2014 年に神戸市の(公財)先端医療振興財団先端医療センター病院で、理化学研究所(高橋政代プロジェクトリーダー)によりiPS 細胞由来細胞を滲出型加齢黄斑変性の患者の体内に移植する手術が行われた。これは、京都大学・山中教授が見出したiPS 細胞(人工多能性幹細胞:induced pluripotent stem cells)を世界で初めて患者の体内に適用した再生医療の意義深い第一歩となった。 iPS 細胞に寄せられる期待は二つある。一つ目の期待としては、再生医療への応用、すなわち、病気やけがで失われたり損傷したりした臓器や組織に体外で培養した細胞等を移植し、失われた機能を補うものである。現在、上述の網膜色素上皮シートの移植のほかにも、臨床応用・実用化を見据えた研究が数多く実施されている。

二つ目の期待としては、iPS 細胞の活用により、疾病の発症の仕組みに関する研究や、新しい薬の開発速度を加速させることが挙げられる。患者の皮膚や血液などから採った細胞からiPS 細胞を作製し、病気の性質を持った細胞や組織に分化させ、それらを使って病気が起こる仕組みを解明したり、薬の候補物質の効果や安全性を確認したりすることができる。[10]

このような状況に対して、再生医療実現のための再生医療等製品やその周辺機器、加工プロセス等に関する安全性、有効性、品質等の評価手法は、ほとんどまだ確立していないのが現状である。原材料からのウイルス感染や、細胞のがん化のようなリスクを取り除くための品質評価、すなわち分析技術が今後は重要な意味を持つことになるだろう。

 

(4).文化財

文化財の研究にも機器分析は欠かせない。素材解析から産地の推定や異同識別、年代推定を行ったり、付着した物質や劣化物質から当時の環境推定や劣化の原因究明などが行われたり、それらの情報は文化財の保存や修復等などに利用されている。 [11,12] 歴史的な価値の高い建造物の修復には、当時の建材の材質や、表面処理方法など、加工手順などを機器分析で注意深く見極めたうえで行われる。分析する対象は、しばしば極少量であり、微小部位を測定できる顕微赤外分光やEPMA といった機器が使用される。 [13] 文化財に触れず、壊さず、汚さずに分析する非破壊分析法(試料を消費せずに計測する手段)や、現地で行う“その場分析"が必要となる場合もあり、顕微鏡、ファイバースコープを用いた観察、赤外線、紫外線蛍光などの撮影、X 線透視撮影等が使用される。[14]

(5).地球、宇宙の歴史解明

高度な機器分析は、地球あるいは宇宙の解明にも寄与している。地球化学の歴史は、地質試料の分析の寄与なしには語れない。膨大な地質試料の同位体分析あるいは詳細な組成分析から、火山活動の歴史や地質活動の年代を推定して地球の歴史を解明してきた。また、石油・天然ガスなどの鉱床の地球化学的な探査にも利用してきた。[11]

宇宙に目を向けると、2010 年にJAXA の小惑星探査機はやぶさが世界で初めて小惑星イトカワの表面からサンプルを持ち帰ったという世界初の快挙が記憶に新しい。持ち帰った微粒子を放射光X 線や中性子、電子顕微鏡などを使って分析した結果、カンラン石、カルシウムが少ない輝石、カルシウムが多い輝石、斜長石などが見つかり、その化学組成は「コンドライト隕石」、LL 型に非常に近いものであった。

また、中性子放射化分析法により、元素組成はイリジウム/ニッケル比が小さいことが確認された。このことは、イトカワ微粒子が原始太陽系の初期の元素分別プロセスの痕跡を残しているということを意味する。さらに宇宙風化によって小惑星表面に存在する微粒子の最表面に金属鉄超微粒子がつくられていたことなどがわかり、小惑星イトカワが現在のような姿になるまでにどのような歴史を辿ったのか、また、今後どのようなことが起きるのかなど、太陽系の形成史に迫る貴重な発見があった。[15] このように、宇宙の歴史を解き明かすのに、科学分析技術がなくてはならないものといえる。

(6).持続可能な社会の実現に向けて

日本は、高度成長の時代から環境問題の重要性が増した。大気、水、土壌・地下水、廃棄物などの環境の状況を正確に分析することで、環境汚染を把握し、課題の対策に取り組んできた。

最近では、世界規模の生産活動、経済の規模が大きくなり、地球への環境負荷増大が憂慮されるようになると、サステイナブルケミストリーの考え方、取り組みが浸透するようになった。特に環境保護の意識の高い欧州を起点とする、REACH(Registration, Evaluation, Authorisation and Restriction of Chemicals)、RoHS 指令(Directive on Restriction of Use of Certain Hazardous Substances in Electrical and Electronic Equipment)、ELV 指令(Directive on End of Life Vehicles)のような化学物質規制は、産業界の開発の方向性に大きく影響を与えるようになった。規制の制定あるいはその実施に伴って、簡便迅速に対応できる公定法に取り組むことは、計測機器の開発の立場にとっても重要な課題である。

持続可能な社会の実現に向け、2015 年に国連サミットにおいて採択されたSDGs(Sustainable Development Goals)は、世界規模で深刻さを増す環境汚染や気候変動、頻発する自然災害への対応、格差の問題、持続可能な消費や生産など、すべての国に適用される普遍的な目標である。[16]

最近の産業分野の開発の動向は、SDGs を意識したものになっている。カーボンオフセット、省エネルギー、マイクロプラスチックのような目の前に迫る課題の解決を機器分析が支えていくことになる。

5.課題と期待

2013 年の世界の計測分析機器市場は約4兆円で、2001 年より年平均約5%で成長していると言われている。また、計測分析機器市場シェアのトップは米国で、2位を日本とドイツが争っており、日本のシェアは10%程度である。世界市場において、日本は電子顕微鏡やX 線分析装置で強い競争力を持つが、一方、最も市場規模が大きく成長が予想されるライフサイエンス機器では日本メーカーの国際競争力は小さい。[3,6] 近年、国内市場の飽和や海外市場での海外巨大メーカーとの競合といった厳しい状況に直面している。一方、研究開発では、大規模な研究投資や政策的支援の不足、分析装置開発の大学や企業への支援不足、機器メーカーの開発力の低下など、いくつかの課題があるといわれる。[2,3]

日本の計測および分析に関する技術は、日本が世界の中でものづくり産業の競争力を保ち、科学技術の最前線で戦うにあたって、イノベーションやブレークスルーための手段として果たすべき役割は大きい。[4]


引用文献