分析機器情報

食品のおいしさ評価

1.はじめに

糖度計とよばれるポータブルの示差屈折計が、研究者の間だけでなく、農業生産者から流通関係者にいたるまで普及している。畑やビニールハウスのような生産現場において、誰でもが簡単に客観的な数値を得ることができる点が本装置の利点であり、日本の野菜や果物の高品質化におおいに貢献してきた。農産物のように個体や部位間にバラツキのあるものを対象においしさを評価する場合、迅速・簡便に甘さを数値化し、食味試験結果と直ちに比較できる糖度計は非常に有用である。

ただし糖度計とは呼ばれるものの、その測定原理から明らかなように糖類への選択性はないため、イチゴやトマト、リンゴやミカンのように遊離の糖含量の高い農産物においては「糖度≒甘さ」の指標にはなるものの、適用できる範囲は限定される。また、トマトなどの果実では酸味も重要な品質要素ではあるが、糖度計に匹敵する簡便性を有すると同時に、安価な装置はない。筆者らは味に関わる成分の化学分析装置としてキャピラリー電気泳動装置を利用している。本装置は、糖度計と比べれば著しく高価で、簡便性・迅速性には劣るものの、有害物質の排出量が少なく、ルーチン分析に適しており、食味試験と比較しながら呈味成分の定量をするには、優れた分析装置と考えている。

また一方で、食品はジュース等液状にして味わう場合は限られているため、食品のテクスチャーあるいは食感もおいしさにとって重要である。食感については、専用の力学的特性評価用試験機(テクスチャーアナライザーなどと呼ばれる)を用いて評価する場合が多く、筆者らも野菜の食感評価に利用してきた。こうした機器は一般に高価ではあるが、化学分析の場合のような複雑な前処理を必要とせず、測定対象をセットすれば秒から分単位で測定値が得られるので、官能評価の結果と測定値を比較しやすい。すでに測定の迅速性は満たしているので、目的の食感評価のために、材料をどのように調製し、どういう治具を用い、どのような条件設定をするのかというノウハウが重要になってくる。

本稿では食品のおいしさ評価の手法として、成分分析ではキャピラリー電気泳動法を、食感の評価では多汁性の評価を中心に、野菜や茶に応用した経験を踏まえて紹介する。

2.1 キャピラリー電気泳動法

2.1.1 キャピラリー電気泳動法の野菜の成分分析への活用

野菜の味に関わる一般的な成分は、果糖、ブドウ糖、ショ糖などの遊離糖、クエン酸、リンゴ酸、シュウ酸などの有機酸と、グルタミン酸などのアミノ酸である。遊離糖は甘味に関係し、有機酸が酸味、グルタミン酸はうま味に寄与する。これらの成分を誘導体化せずに通常の高速液体クロマトグラフィ(HPLC)で同時分析する場合には、分離だけでなく、検出感度も十分とはいえない。キャピラリー電気泳動法では、内径100 μm 以下のチューブの中で電気泳動により成分を分離し、紫外部で検出する場合が一般的である。電気泳動液にあらかじめ紫外部吸収のある物質を加えることにより、バックグラウンドを暗くし、糖や有機酸のように紫外部吸収の弱い目的成分が電気泳動で分離され検出位置を通過する際には、バックグラウンドより光の透過度が上がるので、紫外部に吸収を持たない成分でも検出できる。このような間接吸光度法の利用がキャピラリー電気泳動法では汎用される。本検出法を用いれば、糖、有機酸およびアミノ酸について誘導体化せずに検出するこ とが可能で、トマトへの応用例を図1 に示す1)

 

図1 キャピラリー電気泳動法を用いたトマト果実の分析例 1: クエン酸, 2: アスパラギン酸, 3: グルタミン酸, 4: 果糖, 5: ブドウ糖, 6: ショ糖.

図1 キャピラリー電気泳動法を用いたトマト果実の分析例
1: クエン酸, 2: アスパラギン酸, 3: グルタミン酸, 4: 果糖, 5: ブドウ糖, 6: ショ糖.

 

野菜を分析する際の前処理として、重量を測定した試料を一定量の水とともに電子レンジで加熱し、酵素を失活させた後、ミキサーで破砕抽出し、遠心上清を水で希釈したものを分析試料としている。メタノールなど有機溶媒を使わず、家電品の利用が可能なので、食味試験を実施する傍らで試料調製し、直ちに装置にかけられる。食味試験の直後に分析値を得て、味と成分の関係についての考察を加えることができる。

野菜に共通するような主要成分については上記の方法で測定可能である。しかしながら、レタスに代表されるキク科野菜の苦味成分2)、キュウリの苦味成分3 )などはテルペン類であり、上記の分析法の対象外であり、それぞれHPLC による方法を考案している。ニンニクやタマネギの辛味については、前駆物質であるS-alk (en) yl-Lcysteine sulphoxides は、上記分析法でもピークの検出は可能なので、条件を改変すればキャピラ リー電気泳動法でも定量可能である4)

その他、ダイコンなどアブラナ科野菜の辛味、トウガラシなどの辛味など味に関係する成分は多数知られているものの、おいしさや味との関係で定量的に評価されているかといえば、まだまだ不十分である。苦味や辛味に関わる成分は非常に多様であり、定量に用いるための標準品の入手が困難なことが障害となっている。

2.1.2 キャピラリー電気泳動法による茶成分の分析

茶の味に関わる成分は、カテキン類が苦渋味、カフェインが苦味、テアニン(茶の遊離アミノ酸のうち最大量を占める)などのアミノ酸が旨味に寄与するとされる。なかでもテアニンは高品質な緑茶に多く含まれ、品質指標として特に重要である。これらの成分については、 HPLC による分析法が多数報告され、さらにISO において分析法が標準化5)されているため、あえてキャピラリー電気泳動法を使うメリットは大きくないかもしれない。ただし、一般的なHPLC による分析法では、カテキン類とカフェインは同時分析できるものの、アミノ酸との同時分析は難しい。筆者らは、キャピラリー電気泳動法でテアニンと主要カテキン、カフェインの同時分析を、主に茶の浸出液の味を評価するのに用いている6)。図2には抽出時の温度が異なる場合の玉露浸出液のフェログラムを示す。

 

図2 キャピラリー電気泳動法による玉露浸出液の分析例 沸騰水浸出
図2 キャピラリー電気泳動法による玉露浸出液の分析例 60℃の湯で浸出

図2 キャピラリー電気泳動法による玉露浸出液の分析例
1: テアニン, 2: カフェイン, 3: EGC, 4: EC, 5: EGCG, 6:ECG
上:沸騰水浸出,下:60℃の湯で浸出.
それぞれ3 g の茶葉に対して,湯140 mL 加えて2 分間浸出.
EGC: epigallocatechin, EC: epicatechin, EGCG:epigallocatechin gallate, ECG: epicatechin gallate.

 

試料調製は各温度で浸出した液の遠心上清を水で20 倍に希釈しただけである。60℃で淹れた場合には、沸騰水に比べて全体にピークが低く、なかでも渋味を示すエピガロカテキンガレート(EGCG)やエピカテキンガレート(ECG)のピークの低下が著しい。また、同一条件で淹れた場合でも、龍井茶など中国の緑茶よりも日本の緑茶の方が濃く溶出される7)。このように茶の種類や淹れ方が浸出液中の成分濃度に影響するので、官能 評価との関係で考察する場合、旨味、苦味、渋味に関わる成分を簡単な前処理だけで同時分析できるキャピラリー電気泳動法は利便性が高い。

日本茶では、アミノ酸に由来する旨味が重視される。以前、調味料で味付けされた茶が流通して問題になったこともある。味付けにはグルタミン酸ナトリウムを主成分としたうま味調味料が添加されるので、ナトリウムイオン8)やグルタミン酸9)を測定することにより、うま味調味料が添加されたか否か、科学的に判定できる。おいしさの評価とは直接関係しないが、キャピラリー電気泳動法では泳動液の交換だけで測定対象を変えることができるので、クレーム対応等緊急の用途変更には適している。

2.1.3 キャピラリー電気泳動法への期待

キャピラリー電気泳動法による食品の成分分析において、対象成分を変更する場合には新たに電気泳動液用の試薬さえ準備すればよいし、試薬の消費量もHPLC に比べて圧倒的に少ないので、ランニングコストがかからず、経済的な方法と考える。ただし、実試料分析に際して泳動時間が変動しやすいことが知られ、メソッド開発においては、目的成分の分離だけでなく、泳動時間を一定に保つような工夫が必要とされる10)。さらにキャピラリー電気泳動法については、初心者向けの解説書が少なく、公開されたアプリケーション例もHPLC に比べれば極めて乏しいため、分析が専門でない研究室においては新たな導入へのハードルが高いものと予想される。何が分析できて、どういうものには対応が難しいのか、さらなる情報のオープン化が必要と考える。

2.2 食感の評価

2.2.1 野菜のジューシーさの評価

食品のおいしさを評価する際、成分分析値に基づいた検討が主流になりがちである。食品は必ずしもジュースや流動食ばかりではないので、食品の食感の研究や固形状の食品を咀嚼する際に、香味成分がどのように溶出されるかに関する検討も重要である。

食感研究の一例として、蒸したニンジンの甘さと食感の関係について例を紹介する11)。ニンジンを生で食するよりも、蒸した方が軟らかさと甘さを強く感じた。ニンジンの甘さは遊離の糖に依存するものと考え、糖含量を比較したが、生と蒸しニンジンの間で差異は認められなかった。そこで、食品用の力学的特性評価用試験機を用いて食感の面から考察した。官能的には生に比べて、蒸したニンジンの方がジューシーと感じたので、1cm の輪切り試料に対して、直径8mm の円柱状プランジャーを用い2.5 N の力で30 秒間加圧し、滲出した液を濾紙で回収して浸出液の重量を測定した。生の場合は液の滲出は認められなかったが、蒸し時間とともに滲出液量は増加し、30 分間蒸した試料では18.9 mg の滲出液が観察された。また滲出液中には遊離糖が観察された。ニンジンを蒸すことによって組織が破壊され、口腔内で弱い力を加えただけで、糖を含む滲出液が広がり、甘味受容体を刺激するものと考察される。生のニンジンでも、そのままジュースにすれば十分に甘いが、生のニンジンを食する場合にはそれほど甘味を感じないのは、甘味成分である遊離糖が、咀嚼時に口腔内で完全には溶出されずに、大部分が消化管へとそのまま移動するためであろう。

ナスは品種によって形や硬さなど違いが大きい。同様の方法で、ナスの品種について弱い圧をかけた場合の滲出量を比較した12)。直径10 mm、厚さ5mm で切り出したナスの果肉に対して、10N の力で30 秒間圧縮し、滲出した液を濾紙に吸わせて秤量した。その結果、生で食した場合もジューシーで甘味を強く感じる品種「泉州水茄子」については滲出量が多く、逆に滲出量の少ない品種では、糖を含むにもかかわらず、甘味は強くなかった。同報告においては、さらに果皮や果肉の硬さについても力学的特性評価用試験機を用いて品種比較し、食感に品種間差があることを示し、品種と調理法の関係で考察している。

2.2.2 食感評価への期待

前述の滲出液の測定法について、ニンジンとナスとでは異なる方法をとった。筆者らは、ナスやニンジン以外にも、キュウリ13)などの野菜についても食感の評価を試みている。「果肉の硬さ」を測る場合も、用いる治具や力の加え方など測定条件は対象とする野菜の形状や物性によって変えている。野菜や果物について、標準的な測定法があれば便利であるが、対象の大きさや形、物性が多様なので、測定者が最適と思われる方法を 試すしかないと考えている。さらに、レタスのような葉菜を対象とする場合、葉の測定箇所によるばらつきを軽減するために、複数枚の刃で剪断するクラマーシアセルを用いる14)など、測定対象に応じた治具の準備が必要になる。多様な治具を個々のメーカーが提供するのはコストがかかるので、メーカー間の治具の共通化に期待したい。また、評価手法について学術雑誌等の測定例を参考にしようにも、著者らがなんらかの根拠に基づき最適な方法を選択したのか、あるいは持ち合わせの機器を使用しただけなのか、初心者には判断がつきづらい。機器の販売者には、専門家による解説を付したアプリケーション集を充実させ、ユーザーに最適な治具や手法選択をサポートいただければと希望する。

3. まとめ

筆者らが携わった野菜や茶のおいしさ評価事例を中心に紹介した。研究機関や大学だけでなく、食品産業や流通業の中で、日々消費者に喜んでもらうためのおいしさの評価法について悩んでいる方は多いものと思われる。食の評価の場では、分析精度よりも操作の簡便性や迅速性が優先される場合も多いものと考えている。分析機器は高精度・高感度化への競争が激しいが、一方で現場の方が最適な手法を選択するのをサポートできるような、きめ細やかな情報の発信を機器メーカーにはお願いしたい。

<引用文献>

  1. 1) 堀江秀樹, 分析化学, 2009, 58, 1063.
  2. 2) H. Horie, 野菜茶業研究所研究報告, 2010, 9, 189.
  3. 3) H. Horie, H. Ito, K. Ippoushi, K. Azuma, Y. Sakata and I. Igarashi, JARQ、2007, 41, 65.
  4. 4) H. Horie and K. Yamashita, J. Choromatogr. A, 2006, 1132, 337.
  5. 5) ISO 4052:1983, ISO 14502-2: 2005, ISO 19563: 2017.
  6. 6) 堀江秀樹, 山崎祐作, 山内雄二, 木幡勝則, 茶業研究 報告, 1999, 87, 59.
  7. 7) 堀江秀樹, 茶, 2017, 9, 20.
  8. 8) 堀江秀樹, 山内雄二, 木幡勝則, 茶業研究報告, 1999, 87, 81.
  9. 9) H. Horie, Y. Yamauchi, K. Kohata, J. Chromatogr. A, 1998, 817, 139.
  10. 10) 菅原由花, 大竹憲邦, 元永佳孝, 松本辰也, 山澤康秀, 濱登尚徳, 相川敏之, 末吉邦, 大山卓爾, 根津潔, 日本土壌肥料学雑誌, 2016, 87, 356.
  11. 11) 堀江秀樹, 平本理恵, 日本調理科学会誌, 2009, 42, 194.
  12. 12) 堀江秀樹, 安藤聡, 野菜茶業研究所研究報告, 2014, 13, 9.
  13. 13) 堀江秀樹, 伊藤秀和, 一法師克成, 東敬子, 五十嵐勇, 園芸学研究, 2004, 3, 425.
  14. 14) 青木俊介, 遠田昌人, 東洋食品研究所研究報告書, 2016, 31, 57

 

国立研究開発法人 農業・食品産業技術総合研究機構 果樹茶業研究部門
堀江秀樹

2018年11月6日 公開

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