フーリエ変換核磁気共鳴装置 FT-NMR

概要

NMR(Nuclear Magnetic Resonance spectroscopy; 核磁気共鳴分光法)は、古くから主に化学物質の構造解析に使用されてきた。磁場中の試料に数十MHzから数百MHzの電磁波を照射し、その後試料から放出される信号を観測する。赤外分光法(IR; Infra-Red spectroscopy)や紫外可視分光法(UV-Vis; Ultra Violet-Visible spectroscopy)など、他の分光法に比較すると感度は低いが、スペクトルから得られる情報量が非常に多いというのが特長である。



1.NMRの原理

 質量数または原子番号のいずれかが奇数の原子核(1H, 13C, 15N, 19F, 31Pなど)は核スピンが整数または半整数になり、核磁気モーメントを持っている。そして、それぞれの核磁気モーメントは、強い静磁場下に置かれると磁場に平行な向きと逆平行な向きのどちらかに配向する。(図 1)

 このとき、磁場と平行な向きの方がエネルギー的にわずかに低いため、その向きの核スピンのほうがわずかに多くなる。このときのエネルギー差に相当する周波数の電磁波を照射すると、共鳴が起こり電磁波を吸収する。また、共鳴現象の後に電磁波を切れば、元のエネルギー状態へと戻る放出の過程が見られる。これらの一連の過程がNMRであり、放出過程を信号として取り込む装置がNMR分光計である。

 ひとつひとつの核スピンの持つ磁気モーメントは非常に小さく、地球磁場の十万倍の強い磁場中であっても数十万個に1個程度しか配向の差が生じない。このため、赤外分光法や紫外可視分光法といった他の分光法と比較すると、NMRの観測するエネルギー差が格段に小さく、NMRの感度が低い原因の一つになっている。他方、分子構造の微小な変化もスペクトルに反映され、このことがNMRの持つ情報量の多さにつながっています。

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図 1 磁場中の配向とエネルギー差

 現在のNMR分光計の主流になっているのが、パルスフーリエ変換型(pulse Fourier-Transform, FT-NMR)分光計である。信号の観測のために高出力の高周波を非常に短い時間だけ試料に照射し(高周波パルス)、試料から得られるFID(Free Induction Decay)と呼ばれる、一定の時定数(緩和定数; relaxation constant)で減衰する信号を観測する。

 FIDには様々な周波数を持つNMR信号が含まれており、この時間領域のFIDデータをコンピュータによりフーリエ変換処理すると、周波数領域のNMRスペクトルを得ることができる。

2.装置の構成

 NMRは主に、磁石、電磁波の送受信を行う分光計、検出部にあたるプローブ、そして制御およびデータ処理を行うコンピュータから構成される。(図 2)

 このうち、磁石、制御・データ処理コンピュータは測定内容に応じて変更されることはあまりない。一方で、分光計内部の構成およびプローブは測定内容に応じて変更されることがある。プローブには電磁波の照射や信号検出に関わるコイルや電気回路が含まれる。試料の形状(液体なのか固体なのか)や測定核種、測定内容、試料管の径に応じて合わせてデザインされた様々なプローブが存在する。しかしながら、溶液NMRの測定に対しては、多くの測定者が、バランスよく多用途である外径5mm試料管用の溶液用チューナブル(多核観測用)プローブを使用している。

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図 2 NMR装置構成

3. NMRで得られる情報

 もっとも一般的で、感度良く容易に測定できる一次元の1H-NMRスペクトルだけからでも、化学シフト値、Jカップリング、信号面積強度、線幅などから様々な情報を得ることができる。(図3)

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図 3 1H-NMRスペクトル(エタノール)から得られる情報

化学シフト:

同じ核種に由来する信号であっても、核の化学的環境が異なると信号の観測される位置(共鳴周波数)が異なる。この違いを化学シフトと呼ぶ。化学シフトは1Hや13Cなどの主要核では多くのデータが蓄積されており、化学シフトのテーブルから原子団を推定することができる。

Jカップリング:

 核スピンを持った核同士が化学結合を介在して相互作用していると、互いの核スピンの磁場に対する配向状態が電子を通して間接的に相手に伝わり、NMR信号が複数本に分裂する。このスピン同士の相互作用をJカップリングと呼び、分裂の幅をJカップリング定数(または単にJ値)と呼ぶ。Jカップリングによる分裂のパターンはカップリング相手核の個数を反映し、定数の大きさは結合の数や二面角を反映するので、構造解析上の有用な情報となる。

信号面積強度:

 スペクトル上のNMR信号の面積は対応する核スピンの存在数に単純比例する。NMRの原理的な定量精度は良く、適切な測定条件で測定すれば誤差を1%以下に抑えることができる。

線幅:

 スペクトルに現れる信号はそれぞれ固有の線形と線幅を持っている。線幅はラジオ波によって励起された核スピンが熱平衡状態に回復する過程の時定数(緩和時間)に反比例する。緩和時間は分子の運動性や核の周囲の電場勾配などの緩和機構に左右されるので、それらの環境を推測することができる。

また、NMRでは照射するラジオ波パルスの強度や長さ、位相、周波数等を様々に変化させること、その変化と照射するパルスの数やタイミングを変えることで様々な測定を行うことができる。その中には、同種核間(1H-1Hなど)や異種核間(1H-13Cなど)の相関関係を解析するための二次元測定や三次元といった多次元測定まで存在する。その他にも、距離に伴う核間情報を得る測定法や、緩和時間と呼ばれる分子運動性や局所的な運動性に関する物性値や、分子の移動度を表す拡散係数なども求めることができるなど、それぞれの結果から様々な情報を得ることができる。

4.近年における応用分野

 近年では、NMRは様々な分野に様々な用途で用いられている。例えば、皆様の身近でもっとも知られているのは、医療用画像診断装置として利用されているMRI(Magnetic Resonance Imaging; 磁気共鳴画像法)だろう。その他にも、従来からの有機物の構造解析のみならず、医薬品の純度分析といった定量分析(qNMR : quantitative NMR)や、固体無機材料の解析(固体NMR)など様々な分野で様々な目的に用いられている。
 中でも、qNMRは近年注目されている分野の一つである。NMRで得られる信号の強度は、核を1個1個数えあげるのと同じ事になる。スペクトルから複数成分を同時に定性と定量ができることもNMRの特徴であり、スクリーニング的な観点からも利用することができる。
 ここでは、この特徴を利用した食品中の機能成分の定量を紹介する。
 図 4は、顆粒だしを重水に溶かし、そのままNMRで測定を行ったスペクトルである。図中に示すように、含まれるアミノ酸類や糖類をそれぞれ定量することができる。例えば、アラニンとグルタミン酸の比率はそれぞれのメチル基由来の信号強度比から、3:12であることが分かる。

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図 4 顆粒だしの1H-NMRスペクトル

図 5は韃靼ソバ中の機能成分であるクエルセチンを定量したスペクトルである。秤量して加えた標準物質の信号との信号強度比を求めることで、韃靼そば中のクエルセチンの含有量を求めることができる。
このように、NMRは身近な食品の分析にも使用されている。

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図 5 韃靼ソバの1H-NMRスペクトル

櫻井智司
(株式会社 JEOL RESONANCE)

2013年10月24日 公開