二重収束形質量分析計の原理と応用

概要

質量分析は、イオン化した原子・分子をそのm/zに(m:イオンの質量、z:イオンの電荷数)よって分離、測定する方法です。試料分子は、真空中でイオン化された後に分析部に導入され、電気的・磁気的な作用等によってm/zに 応じて分離され、そのイオン量を検出強度としてマススペクトルを得ます。生成したイオンは、正または負の電荷を1つだけ持ったイオンの他、2価以上に荷電 した多価イオン、イオン化の過程で解離・会合したイオンなど、試料分子に由来する種々のイオンを生成します。特に、二重収束質量分析計は、高分解能かつ高 質量精度の分析が可能であり、かつ多様なイオン化法を適用でき、既知物質の同定や未知物質の構造決定など、有機化学や生化学、環境分析など幅広い分野での 定性・定量分析に用いられています。本稿では、二重収束質量分析計の原理と特徴、そして応用例について説明します。



1. はじめに

 質量分析は、イオン化した原子・分子をその質量によって分離し、測定する方法であり、この測定に用いられる装置が質量分析計です。その歴史は古く、 1910年代初めに J. J. Thomsonが行った放物線型質量分析器による水素原子・分子、炭素、酸素、ネオン、水銀などの陽イオンの分離にまで遡ることができます。質量分析計 は、試料導入部、イオン化部(イオン源)、質量分析部、検出器、データシステムで構成されており、一部のイオン化法を除き、イオン化部から検出器までは高 真空(10-4~10-5 Pa)内に設置されています。質量分析計は使用している質量分析部の原理の違い により、磁場セクター型、四重極、飛行時間型、イオンサイクロトロン共鳴などが利用されています。磁場セクター型質量分析計はこの中でも歴史のある質量分 析計の一つであり、二重収束質量分析計の普及に伴い、高分解能かつ高い質量精度で質量分析することが可能となりました。また、多様なイオン化法を適用でき るため、幅広い分野において定性分析、あるいは定量分析に威力を発揮してきました。現在でも、ダイオキシン分析においては必須の質量分析計として活躍して います。本稿では、二重収束質量分析計の原理と特徴、そして応用例について説明します。

2. 二重収束質量分析計の原理と特徴

 二重収束質量分析計は、通常電場セクターと磁場セクターの二つの分析場を配置した質量分析計です。二重収束質量分析計における質量分析部は磁場セクターですので、この磁場による質量分離について説明します。

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         図1 磁場セクターによるイオンの偏向

 試料導入部より導入された原子あるいは分子は、イオン源で種々の方法によってイオン化されます。生成した電荷数zのイオン(質量m) は加速電圧 Vで加速されて、磁場セクターに入射されます。磁場セクターは垂直方向に一様な磁場(磁場強度 B)を持っているため、その磁場に垂直方向、すなわち水平方向に入射したイオンはローレンツ力と遠心力が釣り合うように、半径rの円軌道上を等速運動しま す。この時、 m/z = r2B2/2Vが成り立ちますので、加速電圧が一定の場合は磁場強度を変化することで、異なる m/z値のイオンを検出することができます(図1)。また、磁場強度が一定の場合は、電圧を変化することでも、異なる m/z値 のイオンを検出することもできます。通常、磁場強度を変化させることで質量分析を行いますが、分析内容によっては電圧を変化させる手法を用いる場合があり ます。 二重収束質量分析計は、方向収束と速度収束を持たせるように、通常は電場セクター(E)と磁場セクター(B)を組み合わせた構造となっています。 方向収束は、ある一点から入射された同じm/z値と運動エネルギーを持っていますが、入射角度が異なるイオンの流れを、再び一点に収束させることであり、磁場セクターにより収差補正を行います(図2)。また、速度収束は、ある一点から入射された同じ m/z値 でありながら、少し異なる速度を有するイオンの流れを収束させることであり、電場セクターにより収差補正されます(図3)。二重収束質量分析計において は、各収差を打ち消すように磁場セクターと電場セクターを配置することで、二重収束を得ています。なお、磁場セクターと電場セクターの配置順の違いによ り、E・Bの順に配置した正配置と B・Eの順に配した逆配置があります。 二重収束質量分析計の特徴として、以下のようなことが挙げられます。

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                図2 方向収束

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                図3 エネルギー収束

    1 質量分解能が高い
    2 高感度な定量分析が可能
    3 質量分解能と感度はトレードオフされる
    4 汎用性が高い
    5 精密質量測定が可能
    6 リンクドスキャン測定による構造解析が可能
    7 設置室用件が厳しい(広さ、床強度など)

3. 二重収束質量分析計の応用例

 近年、多種多様な質量分析計が用いられるようになってきていますが、二重収束質量分析計でなければ困難な応用分析例を紹介します。

a) 高分解能 SIM法によるダイオキシン分析

 ダイオキシン類に対する分析対象は、飛灰、土壌などの環境対象だけでなく、近年では食品、飼料、母乳、血液など、広い範囲でのモニタリングが進んでいま す。これらの対象試料中のダイオキシン類の量は極微量である半面、ダイオキシン類を含む試料には多くの夾雑成分が含まれています。このため、この夾雑成分 の除去を行うための前処理が行われていますが、すべてを除去するのは困難です。しかしながら、二重収束質量分析計を用い、高分解能条件(質量分解能 10,000以上、10%谷)下における SIM (Selected Ion Monitoring)法を用いる場合のみ、このような状態の試料であっても定量分析することが可能なため、この方法が公定法として定められています。こ こで、SIM法は、残留農薬分析をはじめとする、質量分析で行う定量分析で一般に用いられている方法です。しかし、質量分解能 10,000以上という条件があるため、二重収束質量分析計だけが対応可能となります。この方法では、夾雑成分が残っていても、二重収束質量分析計の高い 質量分解能性能により、ダイオキシン類から生成されるイオンを他の成分由来のイオンから分離して、高感度に検出することが可能です(図4)。 また、検出 感度は 10-15gオーダーであり、極微量分析を可能とします。

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                  図4 ダイオキシン分析例

b) 精密質量測定による組成推定

 二重収束質量分析計は精密質量測定が可能であるため、天然物の組成推定や新規有機化合物の組成確認などに用いられています。二重収束質量分析計はその原理により、磁場掃引法と電圧掃引法による測定が可能です。磁場掃引法は広い m/z値範囲の測定に適していますが、磁場強度の直線性が低いため、高い質量精度を求める場合には、多くの内部標準イオンが必要となります。これに対して、電圧掃引法は限られ m/z値範囲(一般には、設定した開始 m/z値から2倍の m/z値まで)の測定しかできませんが、電圧の直線性が高いため、より高い質量精度を得ることが可能です。一般には、分子イオンやプロトン付加分子などに対する精密質量測定を行いますので、電圧掃引法を用いた測定を行います。

c) 高速原子衝撃(FAB)を用いた分析

  質量分析を行うための重要な要素として、イオン化法があります。すべての化合物に最適となるイオン化法は未だ無いため、対象化合物に応じて選択する必要が あります。一般的に、混合物試料に対する分析では、ガスクロマトグラフ(GC)や液体クロマトグラフ(LC)などと質量分析計を組み合わせて質量分析を行 います。このとき、GC/MS分析においては電子イオン化(EI)法が、LC/MS分析においてはエレクトロスプレーイオン化(ESI)法が多く用いられ ています。 一方、単一成分に対する分析では成分分離する必要がないため、直接導入法がよく用いられます。このとき、分析試料が難揮発性である場合、イオ ン化法として高速原子衝撃(Fast Atom Bombardment:FAB)を用いる場合があります。この方法は、グリセリンなどのマトリックスと試料を試料ホルダに塗布し、これに対して加速・収 束したキセノンなどの中性原子ビームで衝撃してイオン化します。この方法は ESIの出現により、使用頻度が少なくなっている状況ではありますが、まだ多くのニーズがあるイオン化法です。しかし、FABを使用するとイオン源内が汚 れやすいため、加速電圧の低い装置には装着が困難です。このため、FABを使用する場合は二重収束質量分析計が主に用いられています(図5)。

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図5  FAB (-) によるマススペクトル試料:グリコケノデオキシコール酸-3-硫酸マトリックス:グリセロール

d)リンクドスキャンによる構造解析

  二重収束質量分析計では、電場セクターと磁場セクターを連動して掃引するリンクドスキャンを行うことによって、イオン源から射出直後に生成するイオンを用 いたプロダクトイオンスペクトル、プリカーサイオンスペクトル、ニュートラルロススペクトルを得ることができます。通常、イオン源直後に衝突室を設置し、 この中にヘリウムガスなどの衝突ガスを導入し、イオン源から射出されたイオンと衝突誘起解離を引き起こし、プロダクトイオンを生成させます。このとき、二 重収束質量分析計の加速電圧が高いため、高エネルギー解離が起こり、C-C結合などの比較的結合エネルギーの高い結合も解離することがあります。これらの スペクトルを使い分けることにより、構造解析に必要な情報を得ることができます(図6)。

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図6 B/E一定リンクドスキャンスペクトル試料: グリコケノデオキシコール酸-3-硫酸(イオン化法:FAB

草井明彦
(日本電子株式会社)

2013年4月25日 公開

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