トリプル四重極質量分析計の原理と応用

1. はじめに

 トリプル四重極質量分析計(MS/MS)は2つの四重極質量分析計(Q)で衝突室(q)を挟んで直列に連結(Q-q-Q)したものである。開発当初、衝突室内のイオンガイドとして四重極が用いられたことからトリプル四重極質量分析計と呼ばれている。現在、市場で販売されている装置は四重極の代わりに多重極や積層電極が用いられており、「トリプル四重極質量分析計」は装置構成を厳密に表現している用語ではない。より広義な用語としてタンデム質量分析計があるが、この場合には質量分離部が四重極に限定されない点に留意する必要がある。

 トリプル四重極質量分析計は、一般的に前処理装置としてクロマトグラフを連結して使用する。 ガスクロマトグラフを連結したものをGC-MS/MS、液体クロマトグラフを連結したものをLC-MS/MS と呼ぶ。クロマトグラフの検出器として用いることで、質量分離による高い選択性が得られ、高感度な定量分析が可能となる。本来、質量分析計は定量分析に限らず、定性分析にも用いられる装置であるが、本稿ではトリプル四重極質量分析計が主に定量分析に用いられていることから、定量分析のみに言及していることをご了承いただきたい。

 発売当初、トリプル四重極質量分析計は高額な機器であったことから、製薬企業において体内の薬物量を計る薬物動態研究・試験で主に用いられるようになった。その後、食品や環境の安全性が注目されるようになり、残留農薬分析や環境汚染分析に応用分野を広げて現在に至っている。機器の安定性や操作性の改良が進み、今後は医療の分野でも活躍が期待されている。

2. 基本的な装置構成

 質量分析計は電磁気学的な手法で質量分離するため、試料分子をイオンにする必要がある。前処理装置として用いるクロマトグラフによってイオン化の方法は異なる。GC-MS/MS ではイオン化法として電子イオン化(EI)法や化学イオン化(CI)法が用いられ、LC-MS/MS ではエレクトロスプレーイオン化(ESI)法や大気圧化学イオン化(APCI)法が主に用いられている。生成したイオンは質量分離部に移送され、質量分離される。

 しかし、イオンは大気圧下では大気分子の影響を受けて正常に質量分離されないため、四重極質量分離部は高真空チャンバーに格納されている。
このため、大気圧下のイオンを高真空チャンバーに効率的に導入する部分にメーカー独自の技術が多く含まれている。これらの部分を「インターフェイス・イオン化部」と呼ぶ(図1)。

 四重極はマスフィルターとも呼ばれ、四重極に印加する電圧を制御することで透過させるイオンの質量を自由に変えることができる。先に述べた通り、トリプル四重極質量分析計ではこのような質量分離が可能な四重極を二つ搭載しており、それらの間に衝突室が配置されている。一つ目の四重極(MS1)で定量分析対象のイオン(プリカーサーイオン)のみを透過させ、アルゴンや窒素などの不活性ガスを衝突ガス(コリジョンガス)として導入した衝突室に導入する。衝突室内でイオンはガスと衝突し、化学結合の弱い部位で開裂する。開裂したイオン群をプロダクトイオンと呼び、これらを二つ目の四重極でさらに質量分離を行う。
このとき、二つ目の四重極(MS2)の電圧を掃引すると質量スペクトル(MS/MS スペクトル)が得られ、特定のプロダクトイオンのみを透過させると選択反応検出(SRM)法となり、高感度な定量分析が可能となる。

トリプル四重極質量分析計の装置構成

図1 トリプル四重極質量分析計の装置構成

3. 選択反応検出(SRM)法の原理

 質量分析計はクロマトグラフの他の検出器に比べると選択性が高く、シングル四重極質量分析計の選択イオン検出(SIM)法で十分な高感度分析ができる場合が多い。しかし、四重極の質量選択性は0.7 Da 程度であり、それよりも小さな質量差の化合物を分離することはできないため、血液や生体組織などは分析対象と近接した質量のマトリックスを含んでいる場合がある。もちろん、前処理やクロマトグラフによる分離ができれば定量分析は可能であるが、条件検討などの時間が必要となってしまう。トリプル四重極質量分析計はこの近接した質量差の妨害物質イオンの影響を回避するための分析法である。装置構成の項で述べたようにトリプル四重極質量分析計はMS1 で分析対象であるプリカーサーイオンを選択したのち、衝突室でイオンを開裂させ、分子構造に依存したプロダクトイオンを生じさせている(図2)。

 もし、プリカーサーイオンと近い質量の妨害物質イオンがMS1 を透過した場合でも、分子構造の異なる分析対象物と妨害物質が、それぞれフラグメンテーションを起こし、質量の違うプロダクトイオンを生じる。ゆえにMS2 で分析対象物由来のプロダクトイオンを選択することで高い選択性を確保できる。

選択反応検出(SRM)法の原理

図2 選択反応検出(SRM)法の原理

4. トリプル四重極質量分析計の応用例

 まず、GC-MS/MS の応用例としてホップ中の農薬キノキシフェンの分析例を紹介する。ホップは他の穀類に比べてマトリックス成分が多く、SIM 法ではベースラインの上昇や妨害物質由来のピークによって高感度で正確な定量分析は困難であった(図3上段)。これに対して、SIM 法で検出していたイオンをプリカーサーイオンとしてSRM 法に切り替えた結果が図3 下段である。SIM 法に比べて格段にS/N 比が改善しており、より高感度な定量分析ができることがわかる。  

SIM とSRM の比較:ホップ中のキノキシフェンの分析例

図3 SIM とSRM の比較:ホップ中のキノキシフェンの分析例

 図4は河川水中の環境ホルモンとしてモニターされているエストロンとエストラジオールのLC-MS/MS による分析例である。SIM 法ではマトリックス成分の影響を受け、エストロン、エストラジオールのピークを検出できないが、同じサンプルをLC-MS/MS に切り替えて分析することで定量分析に十分なピークを得ることができるようになった。

SIM とSRM の比較:河川水中のエストロン、エストラジオールの分析例

図4 SIM とSRM の比較:河川水中のエストロン、エストラジオールの分析例

5. まとめ

 GC-MS/MS、LC-MS/MS ともに、クロマトグラフによる物性分離と、MS による質量の分離、MS/MS を利用した分子構造の違いによる分離の三つの分離を組み合わせたシステムであり、高い選択性と高感度が特長である。この性能のおかげでマトリックス成分の多いサンプルでも前処理を省略することが可能となり、迅速な分析環境を構築できるようになる。システムの低価格化や操作性の改善により、今後も食品分析、環境分析でさらに普及していくことが見込まれるだけでなく、昨今の研究で見出されたバイオマーカーを医療現場で利用するための臨床検査機器としての発展も期待されている。

窪田雅之
(サーモフィッシャーサイエンティフィック株式会社)

2015年2月2日 公開

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