分析機器情報

X線回折装置の原理と応用

概要

 X線回折装置は、試料にX線を照射した際、X線が原子の周りにある電子によって散乱、干渉した結果起こる回折を解析することを測定原理としています。
 この回折情報を用いることにより、粉末試料では、構成成分の同定や定量、結晶サイズや結晶化度、単結晶試料では、分子の三次元構造、加工材料試料では、残留応力や内在する歪み、蒸着薄膜では、密度や結晶性、結晶軸の方向や周期、小角散乱測定では、ナノスケールの粒子の大きさや形状・粒径分布を知ることができます。また、対象試料も多岐にわたり、無機・有機物質の粉末、高分子材料、タンパク質、金属部品、有機・無機薄膜半導体、エピタキシャル膜、コロイド粒子などが測定可能です。
 本編では、X線回折装置の測定原理、主として粉末X線回折法を紹介し、健康被害で話題となったアスベストの分析例を示して、X線回折装置の原理と応用を解説致します。

1.はじめに

 X線回折法は物質の状態や物性を調べる手段として、研究や生産の分野で広く利用されています。X線回折法による分析は、ある特定の物質がその物性を表す最小単位である分子・原子レベルの構造に基づいている点が、最大の特徴です。これはX 線回折に用いられる波長が0.5~3.0Å程度であるため、同程度の距離にある電子によって散乱されたX線が干渉した結果、回折が起こることに由来します。
 X線回折法には、試料の状態や測定目的に応じた特徴的な手法が多数あり、その利用方法も多岐にわたります。大きく分けても、粉末X線回折、単結晶X線回折、残留応力解析、薄膜解析、X線小角散乱などがあります。粉末X線回折から得られる情報には、構成成分の同定や定量、結晶子サイズや結晶化度などがあります。単結晶X線回折では、もっぱら分子の三次元構造の決定が最終目的となります。残留応力解析では、曲げや溶接・研削などの加工により生じた、材料に内在する歪みを明らかにすることができます。薄膜解析では基盤上に蒸着した薄膜の密度や結晶性、結晶軸の方向や周期を調べることができます。またX線小角散乱では、ナノスケールの粒子の大きさや形状・粒系分布を知ることができます。各測定手法の対象となる物質も広範にわたるため、いわゆるX線回折法の分析対称となる物質は挙げれば際限がありません。無機物質や有機物質の粉末、高分子材料、タンパク質、金属部品、有機・無機薄膜半導体、エピタキシャル膜、コロイド粒子など、研究対象である新規物質から、身の回りにある材料まで、ほとんどの物質が分析対象であると言っても過言ではありません。本稿ではX線回折法の原理と、最も汎用性の高い粉末X線回折法における定性分析の応用例を紹介します。

2.X線回折法の原理

 原子が規則正しく配列している物質に、原子の間隔と同程度の波長(0.5Å~3Å)を持つX線が入射すると、各原子に所属する電子によりX線が散乱されます。散乱したX線は干渉し合い、特定の方向で強め合います。これがX線の回折現象です。ラウエがX線の回折現象を発見した翌年、1913 年にブラッグ父子はいわゆるブラッグの式を発表し、X線回折が起こる条件を理論的に明らかにしました(図1)。図1では第一格子面で散乱されるX線と、第二格子面で散乱されるX線の行路差は、一般に2d sinθになります。ここでd は格子面間隔、θはブラッグ角、2θは回折角(入射X線方向と回折X線方向とのなす角度)です。この行路差が入射X線の波長(λ)の整数(n)倍のとき、山と山が重なり強め合います。即ち、2d sinθ=nλを満たす方向でのみ回折X線が観測されます。これをブラッグの式といいます。この式からわかるように、既知波長λの入射X線を物質に入射し、回折角2θとそのX線強度を測定することによって、X線回折パターンを得ることができるのです。

X線回折の原理とブラッグの式

図1 X線回折の原理とブラッグの式

 X線回折法のうち、多結晶体を試料として扱うX線回折法が、粉末X線回折法です。通常固体物質は何らかの結晶性をもっており、完全な非晶質であることはまれです。したがって粉末X線回折法に限っても、広範な物質が測定対象となります。粉末X線回折法により得られたX線回折パターンは、図2のようになります。横軸が回折角度(2θ)、縦軸が回折強度(CPS)です。回折角度2θは物質の格子面間隔dに、回折強度は原子や分子の並び具合と原子種に依存します。またピークの幅は、結晶粒の大きさや結晶の歪みなどに依存する、結晶性によって決まります。これらの情報を組み合わせることで、表1に示すような様々な分析を行うことができます。

X線回折パターンから得られる情報

表1 X線回折パターンから得られる情報

 粉末X線回折法の代表的な分析手法である定性分析は、実測した回折パターンを既知物質の回折パターンと比較することにより、結晶相を同定します。X線回折パターンの形状は結晶を構成する原子や分子の配列に依存するため、構造が異なれば回折角度や強度が変化するからです。図3に示すように、未知物質と既知物質のX線回折パターンを比較して、各ピークの位置や強度比が一致するかを確認し、一致すればこれら2つの物質が同じであるとみなします。これを同定といいます。未知物質の同定には、既知物質の回折パターンを集めたデータベースを用いることが多くなっています。

粉末X線回折パターン

図2 粉末試料のX線回折パターン

粉末X線回折法における定性分析の原理

図3 粉末X線回折法における定性分析の原理

3.粉末X線回折法の応用例

 ここでは粉末X線回折法による定性分析の応用例として、健康被害で話題となったアスベストの分析を紹介します。 図4はアスベストの施工例です。左は吹付け材、右は屋根材です。図5に屋根材の定性分析結果を示します。上段が測定結果、中段・下段はデータベースから特定された結晶相です。カルサイト(CaCO3)と、アスベストの一種であるクリソタイル(Mg3(Si2O5(OH4))が同定されています。

アスベストを含む建材の施工例と定性

図4 アスベストを含む建材の施工例         図5 アスベストを含む建材の定性

 アスベストは高い耐熱性・耐久性に加えて安価であるため、過去には建物の耐火材料や断熱材として広く使われていました。しかし、空中に飛散した石綿繊維を長期間大量に吸入すると、肺癌や中皮腫の誘因となることが指摘されるようになり、日本では2006年に一部の例外を除き、原則使用禁止となりました。以来基本的にはアスベストによる健康被害はなくなったとされていますが、学校やビルには規制以前に建築されたものも多くあり、解体や災害による倒壊などによる飛散も考えられます。建築材料の安全な再利用の際にも、アスベストの分析は必要です。したがって今後も引き続き、アスベストの分析は重要であると考えられます

山野 昭人
((株)リガク)

2013年2月21日 公開

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