フーリエ変換赤外分光光度計の原理と応用

概要

 フーリエ変換赤外分光光度計(FTIR)は、試料に赤外光を照射し、透過または反射した光量を測定します。赤外光は、分子結合の振動や回転運動のエネルギーとして吸収されるため、分子の構造や官能基の情報をスペクトルから得ることができ、物質定性・同定に関する有効な情報を得ることができます。また、吸収する光量は、物質の濃度や厚みに比例することから、スペクトル上のピークの高さや面積を用いて特定の分子の定量を行うことも可能です。
 赤外分光光度計は、古くは分散型が主流でしたが、現在ではフーリエ変換方式が主流となっています。フーリエ変換方式は、分散型に比べ、SN比が高い、波数精度が高い、高波数分解測定が容易である、また一度に多波長スペクトルが測定できるといった点で優れています。フーリエ変換方式では、光学干渉計で干渉させた全波長光を試料に照射し、透過または反射した光を測定し、フーリエ変換してスペクトルを得ます。実際に試料の無い状態と有る状態とのスペクトルの比をとることで、赤外スペクトルになります。
 本編では、FTIRの測定原理、各種の測定法などを紹介し、食品包装材に用いられる多層フィルムの分析例を示して、FTIRの原理と応用を解説致します。



1.はじめに

 フーリエ変換赤外分光光度計(Fourier transform infrared spectrometer: 以下FTIR)は、赤外スペクトル(以下IR スペクトル)を測定するための分析装置です。IR スペクトルとは、物質に赤外光を照射し、透過または反射した光量を波長(波数)に対してプロットしたグラフです。IR スペクトルは物質の分子構造によって固有のパターンを示すことから、分子構造や未知試料の定性分析が可能となります。また縦軸に用いられる吸光度(Abs)は物質の濃度や厚みに比例することから、ピークの高さや面積を用いて定量分析を行うこともできます。

2.FTIRの原理

 IR スペクトルを測定するために用いる赤外光の波長領域は通常2.5~25 μm( 波数4000~400cm-1)ですが、この領域の光を物質に照射すると、分子の振動や回転運動により物質固有の吸収(反射)パターンを示します。この吸収(反射)パターンを横軸に光の波長や波数、縦軸に透過率(%T)、反射率(%R)または吸光度(Abs)などでグラフにしたものが IR スペクトルです。IR スペクトルの例として横軸を波数、縦軸を透過率(%T)でプロットしたポリスチレンの透過スペクトルを図1に示します。

IRスペクトル

図1 IRスペクトル

 次にFTIR の測定原理について簡単に示します。FTIR の本体は赤外光源、干渉計、試料室および検出器より構成されます。またフーリエ変換を含む各種データ処理は、コンピュータ(以下PC)が利用されます。次ページ図2にIR スペクトルが得られるまでの仕組みを模式的に示します。
 FTIR では光源から出射される赤外光をビームスプリッタ(以下B.S. : 半分の光を透過/ 反射する特殊な鏡)を利用し2つの光路に分けます。B.S. で反射された光は移動鏡側に、透過した光は固定鏡側に進みます。ここで移動鏡は時間に伴い、図2の黒い矢印方向に移動します。移動鏡および固定鏡でそれぞれ反射した光は再びB.S. に戻りますが、B.S. と移動鏡およびB.S. と固定鏡の間の光路差が時間に伴って変化することにより、光が干渉します。この干渉した光を干渉波(インターフェログラム: IF)と呼びます。この干渉波を検出器で検出し、PC を用いて波長(波数)成分に数学的に分離します(フーリエ変換: FT)。通常のIR スペクトルは、試料が無い場合のスペクトル(バックグランドスペクトル)と試料がある場合のスペクトル(サンプルスペクトル)の比によって縦軸を透過率として表わします。干渉計内の移動鏡を1回走査することでバックグランド(またはサンプル)スペクトルが測定され、最終的にIR スペクトルが得られます。

FTIRの構成

図2 FTIRの構成

3.付属品を利用した各種測定

 IR スペクトルを測定する方法は透過法と反射法に大別でき、試料形状や分析目的によって測定手法を選択する必要があります。透過法(KBr錠剤法、薄膜法、液膜法、溶液法、ヌジョール法など)については専門書を参照頂くとして、ここでは付属品を利用した反射法並びに顕微赤外分光法の概略について解説します。

<全反射法(ATR 法: Attenuated total reflection)>
 試料表面上に高屈折率の赤外透過プリズムを密着させ、赤外光を臨界角よりも大きな角度で入射すると、プリズムと試料の界面で全反射が起きます。臨界角とは全反射(ATR)が起きる入射角であり下記の式で計算できます。

sin θ(臨界角) ≧ n2 (試料の屈折率)/n1(プリズムの屈折率)

  このときに、プリズムから試料側にしみだすエバネッセント波が試料に特異の波長域で吸収されるので、その反射光を測定することで吸収スペクトルに類似したIR スペクトルを測定することができます。全反射法は、比較的厚いフィルムの表面分析や、紙、革、布などのコーティング層の分析に威力を発揮します。

<拡散反射法(DR 法: Diffuse reflection)>
 拡散反射法は、粉体を測定する手法の一つとして用いられています。粉体に入射した光が粉末層の内部に侵入し、層内部でいくつかの粒子により透過、吸収、表面反射を繰り返した後、さまざまな方向に反射された拡散反射光を測定する方法です。DR 法は加熱・排気装置を組み合わせることで、触媒をはじめとする各種粉体試料の表面吸着状態の分析にも利用されています(真空加熱拡散法)。

<正反射測定法(RF: Reflection)>
 入射角と等しい角度で反射される光を正反射光と言い、この正反射光を測定してスペクトルを得る方法を正反射測定法と言います。数 μm オーダーの金属表面上のコーティング膜のIR スペクトルや干渉縞を利用した膜の厚み測定には垂直に近い角度で赤外光を入射させる正反射装置が用いられます。これらは透過反射法と考えることができ通常の透過法で得られるIR スペクトルと類似しています。これに対して試料表面で反射する真の意味での正反射スペクトルは、試料の屈折率の異常分散現象により、吸収ピークの1次微分形の歪んだスペクトルになります。これをKraimers-Kronig 変換(KK 変換)というデータ処理を用いることで、通常の吸収スペクトルと対比することができます。

<顕微赤外分光法>
 数ミクロン~サブミリ程度の微小な領域を測定する場合には赤外顕微鏡を用います。微小領域を測定するために赤外顕微鏡には対物集光鏡(カセグレン鏡)、アパーチャ、高感度検出器、およびマッピング測定を行うためにステージなどを搭載しています。通常のFTIR と同様に赤外顕微鏡の測定手法には、透過法、反射法、ATR 法などがあります。

4.FTIRの応用例

 FTIR は化学物質の同定に幅広く用いられますが、本稿ではその一例として赤外顕微鏡を用いた多層フィルムの透過マッピング測定のデータをご紹介します。
 図3にスナック菓子の包装袋の断面を測定した例を示します。

 スナック菓子の包装袋には防湿性、ガス遮断性、光遮断性等が要求され、それらの機能を有した素材が多層構造になっています。フィルム断面の透過マッピング測定によって得られたスペクトルを解析して、ポリエステルを中心に、ポリプロピレンとポリエチレンの間に印刷層のあるおよそ200 μm の厚みの6層フィルムであることが確認できました。各成分のキーバンドで色分け表示をして可視化することで成分の分布状態を一目で確認することができます。

多層フィルムのマッピング測定

図3 多層フィルムのマッピング測定

 次に、多層フィルム中に混入した異物の解析例を図4に示します。

フィルム内の異物マッピング測定

図4 フィルム内の異物のマッピング測定

 異物のある部分を切り出し、透過マッピング測定を行いました。得られたスペクトルを解析すると、フィルム自体はポリエチレンテレフタレート、ポリエチレン、エチルアクリレートで構成されており、異物はアクリロニトリルブタジエンスチレン共重合合成樹脂であることが確認できました。最近では食品包装フィルムをはじめとする各種フィルムの高機能化に伴い、多層膜フィルムの構造解析が重要な研究課題となっています。FTIRを用いることで各層の成分や厚みはもとより、界面における分子構造や配向の解析も可能となります。更に製造過程における異物の要因分析にもFTIR は活用されています。

 ここでは、高分子フィルムの分析例を紹介しましたが、先端素材の物性評価、医薬食品の製品評価、VOC をはじめとする各種ガスのモニタリングなどにFTIR は利用されています。

杉山周巳
(日本分光(株))

2012年10月23日 公開

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