分析機器情報

原子間力顕微鏡・走査透過型電子顕微鏡による固体電解質の局所構造・物性評価

1. 分析の背景

リチウムイオン電池は高いエネルギー密度と優れたサイクル特性を示すことから、スマートフォンやノートパソコンなど、私たちの生活に不可欠な電力源である。また、近年の電気自動車の普及に伴い、大容量かつ安全性の高い二次電池の開発が急務の課題である。現行のリチウムイオン電池では、電解質材料として可燃性の有機電解液が用いられているが、発火や爆発などの火災事故が深刻な問題となっている。したがって、安全性の高い不燃性の固体電解質を利用した全固体型リチウムイオン電池の実現が有望視されている[1]。

固体電解質材料は主に硫化物系と酸化物系が用いられている。硫化物系はイオン伝導性に優れており、液系電解質を凌駕する高い伝導度を示す材料系も報告されているものの[2]、大気中では不安定であり、硫化水素の発生などの危険性がある。これに対し、酸化物系は大気雰囲気で安定であり、信頼性の高い全固体電池の開発が期待できる。また、イオン伝導度は硫化物系に及ばないものの、高い伝導度を示す材料系も報告されている。

Li3xLa2/3-xTiO3 (LLTO; 0 < x < 0.16)は酸化物系固体電解質の中でもバルクにおいて高いイオン伝導度(10-3 S cm-1)を示すため、次世代固体電解質材料の候補物質である[3]。LLTOはダブルペロブスカイト型構造に分類され、TiO6八面体骨格構造の隙間(Aサイト)をLaあるいはLiが部分的に占有した構造をとる。また、La-rich/poor層がc 軸に沿って交互に積層しており、LiイオンがLa-poor層内のAサイト空孔を介して高速拡散することでバルクにおいて高い伝導度を実現している。しかし、全固体電池として利用する上で一般的な使用形態である多結晶焼結体では、多結晶特有の粒界において伝導度が2桁も低下(10-5 S cm-1)することが知られている。したがってLLTOの実用化には、結晶粒界における伝導度低下の起源を明らかにし、伝導度を飛躍的に改善する新たな粒界設計指針を構築することが極めて重要である。

一般に、粒界では結晶周期の不連続性に起因して、様々な原子・電子構造欠陥が導入される。これに伴い、粒界ではバルクとは異なる電荷状態が実現され、イオン伝導に影響を与える可能性がある。したがって、粒界抵抗の起源について明らかにするためには、個々の粒界における伝導度や電荷状態を原子・電子構造と一対一対応で分析・比較していくことが不可欠である。しかし、従来の電気化学インピーダンス法による測定では、粒界全体の巨視的な伝導度しか計測できず、個々の粒界構造と伝導度との対応関係は不明であった。一方、原子間力顕微鏡(Atomic ForceMicroscopy: AFM)を用いた電気化学歪み顕微鏡法(Electrochemical Strain Microscopy: ESM)では、局所領域におけるイオン伝導度をナノスケールで検出することが可能となっている[4]。我々は、ESMと電子線後方散乱回折を組み合わせることで、格子整合度の低い粒界で伝導度が低下することを見出した[5]。粒界抵抗の起源にさらに迫るため、我々は原子分解能を有する走査透過型電子顕微鏡(Scanning Transmission ElectronMicroscopy: STEM)による局所構造解析とAFMによる物性評価を組み合わせた分析を行った。本稿では格子整合度の異なる2種類のLLTO単一粒界を作製し、伝導度、電荷状態、原子・電子構造を詳細に分析した事例について紹介する[6]。

2. 分析手法

単一粒界の作製には双結晶法を利用した。双結晶法では、結晶方位を緻密に制御した2つの単結晶を接合することで種々の単一粒界を設計・作製することができるため、系統的な分析が可能となる。LLTOは単結晶育成が困難であるため、格子定数が比較的近いSrTiO3の双結晶基板であるΣ5(310)/[001]およびΣ13(510)/[001]を作製した。パルスレーザー堆積法によりSrTiO3双結晶基板上にLLTO薄膜をエピタキシャル成長させることで、LLTO Σ5およびΣ13粒界薄膜を得た。ここで、Σは粒界における格子整合度の指標であり、Σ値が大きくなるほど整合度が低い粒界に対応する。

各粒界のイオン伝導度をESMにより計測した。ESMではAFM探針先端に電場を印加することで、試料表面近傍におけるイオンの移動を誘起し、イオン濃度の変化に伴う歪みの蓄積によって試料表面を変形させる。この変形量をAFM探針で検出することにより、イオン伝導度の相対値をマッピングすることができる。LLTO薄膜は大気中の湿気に敏感であり伝導度の低下につながるため[7]、窒素ガス雰囲気下において測定を行った。また、粒界における電荷状態を評価するため、AFMを用いたケルビンプローブ顕微鏡法(Kelvin ProbeForce Microscopy: KPFM)により表面電位の計測を行った。KPFM測定では表面の吸着により、逆向きの電荷が誘起されるとともに、信号分布がブロードになる懸念があるため[8]、吸着の影響を除去することを目的として413 Kに加熱して測定を行った。ESM・KPFMの測定は全てOxfordInstruments社製のCypher ESにより行った。

また、STEMを用いて粒界における原子構造解析を行った。一般に、STEMで得られる像は観察方位に沿った2次元投影像であるため、結晶方位がランダムな多結晶焼結体では観察が困難となる。一方、本研究で用いた双結晶試料では結晶方位を制御しているため、STEMによる原子構造解析に適している。Σ5、Σ13双結晶試料を機械研磨およびArイオンミリングによって薄片化し、STEM観察用の試料とした。環状暗視野(Annular Dark-Field:ADF)法および環状明視野(Annular Bright-Field:ABF)法によって粒界の原子構造観察を行った。また、電子エネルギー損失分光(Electron Energy-Loss Spectroscopy: EELS)を用いて電子構造の分析を行った。装置は日本電子社製のARM300CFを用い、加速電圧300 kVの条件で分析した。

3. 分析結果

図1(a)、(b)はLLTO Σ5およびΣ13双結晶から取得した試料表面高さ像である。バルクにおいて基板の[100]および[010]方向に沿って隆起した表面構造が形成されていることが分かる。粒界は矢印で示す位置に形成されている。粒界はバルクと比較するとやや隆起しているものの、その高さはわずか2-3 nmであるため、高さ変化がESMおよびKPFM測定に与える影響はほとんどない。図1(c)、(d)は同一領域から取得したKPFM表面電位マップであり、像強度は各測定点における電位の相対値を示している。Σ5粒界においては表面電位がバルクと同等であるのに対し、Σ13粒界近傍では電位が高くなっている様子が観察された。また、表面電位はΣ13粒界直上において最も高くなっており、粒界における荷電欠陥の形成により正に帯電していることが示唆された。

図1 LLTO Σ5 およびΣ13 双結晶から取得した(a)(b)試料表面高さ像、(c)(d)KPFM 表面電位マップ、(e)(f)ESM振幅マップ。

図1 LLTO Σ5 およびΣ13 双結晶から取得した(a)(b)試料表面高さ像、(c)(d)KPFM 表面電位マップ、(e)(f)ESM振幅マップ

 

図1(e)、(f)に同一領域におけるESM振幅マップを示す。ESMでは試料表面に垂直方向のイオン伝導を検出しており、像強度は伝導度の相対値に対応している。Σ5粒界において大きなコントラスト変化は見られないため、伝導度はバルクと同等であることが分かる。この結果は過去の多結晶焼結体を対象とした分析結果ともよく一致している[5]。一方、Σ13粒界近傍では像強度が著しく低下しており、バルクと比べて粒界に沿った伝導度が大きく低下していることが示唆された。本結果は、粒界の電荷状態や伝導度が粒界構造に強く依存することを示している。続いて、Σ5およびΣ13粒界における原子・電子構造の分析結果について示す。

図2(a)はLLTO Σ5粒界において[001]入射から取得した原子分解能ADF-STEM像である。ADF像では原子番号に依存した像強度が得られるため、最も明るい輝点がLa-rich原子コラムに対応する。白い矢印で示すように、バルクにおいてLa-rich/poor層が交互に積層していることが分かる。また、2つの結晶粒のミスマッチを補償するため、一方の結晶粒が粒界面に沿って半周期シフトしており、粒界において鏡面対称な構造ユニットが規則的に配列している様子が観察された。緑の円・矢印に見られるように、粒界構造ユニット内部および粒界端面におけるAサイトは明るい像強度を示しており、La-rich原子コラムであることが分かる。LiイオンはLa-poor層内のAサイト空孔を介して伝導するため、Σ5粒界におけるLaの濃化は粒界を横切るイオン伝導を阻害することが予想される。図2(b)は粒界直上から取得したABF-STEM像である。ABFは軽元素に敏感な手法であり、ADFでは結像困難な酸素原子コラムも青矢印で示すように暗点として明瞭に可視化されている。また、バルクと粒界との間で酸素原子コラムの像強度は同程度であることから、粒界上での酸素欠損はほとんどないことが推察される。

図2 LLTO Σ5粒界において[001]入射から取得した(a)ADF-STEM像、(b)ABF-STEM像、(c)EELS元素マップ。バルクおよびΣ5粒界から取得した(d)Ti-pL2,3端、(e)O-K端。

図2 LLTO Σ5粒界において[001]入射から取得した(a)ADF-STEM像、(b)ABF-STEM像、(c)EELS元素マップ。バルクおよびΣ5粒界から取得した(d)Ti-L2,3端、(e)O-K端。

続いて、EELSにより取得した元素マッピングを図2(c)に示す。赤がTi、緑がLaに対応しており、Σ5粒界において1つのLa-richコラムの周りに6つのTi-Oコラムが配置している様子が分かる。図2(a)-(c)の結果を基に作成したΣ5粒界の原子構造モデルを図2(b)に示している。赤で示すTiはバルクと同じ酸素6配位となっている。また、緑で示すTiについても、多少歪んではいるものの酸素6配位の構造であることが分かる。したがって、Σ5粒界はバルクと同様のTiO6八面体構造を保持した単一の構造ユニットにより構成されていることが明らかとなった。 図2(d)にバルクおよびΣ5粒界から取得したEELSスペクトルのTi-L2,3端を示す。粒界におけるTi-L2,3端はバルクと同一のスペクトル形状を示しており、t2gおよびegの明瞭なピーク分裂が観察された。したがって、粒界におけるTiは+4価であることが分かり、原子分解能像により観察された酸素6配位の構造とも整合している。図2(e)はバルクおよびΣ5粒界から取得したO-K端である。粒界において大きな変化は見られず、酸素空孔はほとんど形成されていないと考えられる。以上の結果から、Σ5粒界はバルクと類似した配位環境・電子構造を有しており、酸素空孔などの荷電欠陥も形成されておらず、KPFM測定で観察されたように電気的に中性であると考えられる。

図3(a)はLLTO Σ13粒界において[001]入射から取得した原子分解能ADF-STEM像である。Σ5粒界と同様に、Σ13粒界においても粒界特有の構造ユニットが規則的に配列しており、粒界端面へのLaの濃化が観察された。図3(b)は粒界直上から取得したABF-STEM像である。青矢印で示すように、粒界における酸素コラムの像強度がバルクに比べて低下していることが分かる。図3(c)にEELSにより取得した元素マッピングを示す。上部の構造ユニットではLa-rich原子コラムが明瞭に観察できるのに対し、下部の構造ユニットではTiが乱れて分布している様子が分かる。これらの結果から、Σ13粒界では構造ユニットごとに原子配列が大きく異なることが示唆される。図3(a)-(c)の結果を基に作成したΣ13粒界の原子構造モデルを図3(b)に示す。赤で示したTiはバルクと同じ酸素6配位構造であるのに対し、青で示したTiでは酸素配位数が減少している様子が観察された。

図3(d)はバルクおよびΣ13粒界から取得したEELSスペクトルのTi-L2,3端である。粒界においてピークが低エネルギー側にシフトするとともにt2gおよびegの分裂が弱まっており、Tiが部分的に還元していることが示唆される。この結果は、原子構造観察で明らかとなった一部のTiの酸素配位数が減少している結果とも良く整合している。Tiの価数を見積もるため、取得したEELSデータセットに対して非負値行列因子分解(Nonnegative Matrix Factorization: NMF)による解析を行った[9]。NMFにより取得した+4価および+3価のTi-L2,3端の参照スペクトルを用いて価数マップを再構成した結果、Σ13粒界においてTiは+3.7価であることが分かった。また、図3(e)はバルクおよびΣ13粒界から取得したO-K端である。バルクに比べてΣ13粒界ではスペクトルが大きく変化しており、多くの酸素空孔の形成が示唆される。

 

図3 LLTO Σ13粒界において[001]入射から取得した(a)ADF-STEM像、(b)ABF-STEM像、(c)EELS元素マップ。バ
ルクおよびΣ13粒界から取得した(d)Ti-L2,3端、(e)O-K端。

図3 LLTO Σ13粒界において[001]入射から取得した(a) ADF-STEM像、(b)ABF-STEM像、(c)EELS元素マップ。バルクおよびΣ13粒界から取得した(d)Ti-L2,3端、(e)O-K端。

 

以上の結果から、Σ13粒界における正電荷の形成機構について考察する。 過去の文献を参照し[10]、粒界における酸素空孔形成量について見積もった結果、 (Li, La)TiO3-δの組成式換算でδ=0.2程度の酸素空孔が粒界に形成されていることが示唆された。Tiの還元量(Ti3.7+)に対して電気的中性条件を保つための酸素空孔形成量はδ=0.15であるため、過剰の酸素空孔が形成されていることが分かる。したがって、Σ13粒界における正の帯電は、過剰な酸素空孔の形成によって誘起されたことが示された。また、粒界における正電荷を補償するために、移動度の高いLiイオンの濃度が粒界近傍において減少し、伝導度の低下が誘起されたと考えられる。したがって、粒界における酸素空孔の形成量を減少させることにより、LLTOの粒界における伝導度の向上が期待される。

4. 課題と今後の展望

本結果により、LLTOが示す粒界抵抗は過剰に導入された酸素空孔に起因していることが明らかとなった。粒界における伝導度を向上させるためには、酸素空孔の形成を抑制する材料合成プロセスを開発していくことが重要となる。また、ESMで測定できるのは伝導度の相対値であり、今後はナノスケールで定量的に伝導度を評価できる手法の開発が望まれる。本分析は固体電解質LLTOにおける粒界を対象としたが、本手法を他の材料系や電極・電解質界面などに応用することで、電池分野における材料開発のさらなる進展が期待される。

5. 謝辞

本研究は、日本学術振興会・科学研究費助成事業(JP17H06094、JP19H05788、JP19H05791、JP18J23187)、ナノテクノロジープラットフォーム事業(No. 12024046)の支援を受けて行われました。ここに感謝の意を表します。