分析機器情報

光濃縮DXによる異分野エコシステムの創成と医療・創薬の新展開

1.はじめに

従来のバイオ分析技術の大部分は熱揺らぎの下でのランダムな拡散(ブラウン運動)による分子衝突に基づく受動的な生化学反応を利用した技術が多い。また、研究現場で用いられる装置は高感度・高精度に生体サンプルの情報が得られるものの複雑な前処理や数時間におよぶ長時間が必要とされコストも高く、臨床現場で用いられる技術は簡便・迅速・低コストに結果が得られるものの感度・精度を犠牲にしている場合が多かった。本稿で紹介する光濃縮技術は外場としての「光」を用いて能動的に反応を制御し、これらの従来法が抱える種々の課題やトレードオフの解決に資するものである(図1)。

[図1]

図1 光濃縮と従来分析技術の融合によるトレードオフ解消
光濃縮と従来分析技術の融合によるトレードオフ解消

外場によって反応を能動的に促進する方法としては誘電泳動や磁気泳動などが知られているが、微小な電極や磁石が必要であり媒質に電気的・磁気的性質を付与することが求められた1, 2)。一方、2018年にノーベル物理学賞の対象となった光ピンセットは3)、光と物質の電磁気学的な相互作用により生じる光誘起力4)を用いて、レーザー照射により遠隔的・非破壊に標的となる生体物質を観察領域に誘導・捕捉する先駆的な技術であったが、作用範囲がレーザーの照射領域の近傍に限定されていた。近年、赤外レーザーで光トラップした金属ナノ粒子集合体を熱源として利用し液滴全体に作用する光発熱効果による対流(光誘起対流)を発生して、pgレベルの微量タンパク質(卵白由来アルブミン)の検出が可能であることも示され、光誘起力と光誘起対流の相乗作用による「光濃縮」(図2(a))を利用したフォトサーマルバイオセンサーが提案された5, 6)。

さらに、異なる配列の一本鎖DNAを修飾した金ナノ粒子を混合した液滴中に相補的な一本鎖DNAを添加して気液界面に光圧により押し付けると光誘起対流の作用が徐々に液滴全体に広がり、標的DNAとナノ粒子表面のDNAの衝突確率が高まり熱的ダメージを抑えつつ反応が加速され(光誘導加速)、zmolレベルのDNAの二重鎖形成の光誘導加速をトリガーとしてサブミリメートルにわたる集合化を数分程度で起こして検出できることも実験的に示された7, 8)。他方、光発熱効果をより積極的に利用して、基板上に金属ナノ薄膜を形成して光誘起対流を発生させて細菌を高密度集積し、液中細菌数を数分以内に計測できるバイオ分析法も考案された9)。これらの黎明期の研究を基礎として、光誘起力と局所的な光加熱により生じる光誘起対流をバランスよく組み合わせることで生体サンプルを損傷せず、レーザー照射だけの簡単操作で様々な生化学反応を加速して迅速・高感度な生体物質の計測が可能な「光誘導加速システム(LAC-SYS)」の社会実装に向けた研究開 発が行われている10, 11)。

本稿では、タンパク質を選択的に計測できる従来法であるELISA(酵素結合免疫吸着法)12, 13)などの免疫測定法を適用例として挙げ、タンパク質計測におけるトリレンマ(熱に弱い、複雑な前処理が必要、増幅できない)を克服して、がんや感染症の早期診断など臨床応用も見据えた最近の研究を中心に紹介し14, 15, 16, 17)、光濃縮技術によるデジタルトランスフォーメーション(光濃縮DX)とその分析機器業界への貢献可能性に関する展望を議論する。

[図2]

 (a)光濃縮の基本原理
(a)光濃縮の基本原理
(b)光濃縮を利用した生化学反応の光誘導加速システム(LAC-SYS)と次世代のバイオ分析DX プラットフォームのイメージ
(b) 光濃縮を利用した生化学反応の光誘導加速システム(LAC-SYS)と次世代のバイオ分析DX プラットフォームのイメージ

2.マイクロフロー光誘導加速によるタンパク質計測

医療検査の分野では、がん患者由来の血液サンプル中のマーカー(遺伝子、タンパク質)を用いた液体生検(リキッドバイオプシー)18)ならびに、感染症や認知症の体液中マーカー計測による超早期診断の研究が盛んである19, 20)。しかしながら、タンパク質計測においては、DNAやRNAなどの核酸におけるPCRのように有効な増幅法の不在がボトルネックとなる課題であった。上述の外場を用いた研究に加えて、マイクロ流路中の流体圧の補助により少量の生体試料の検出を目指したオプトフルイディクスに関する研究も盛んだが21)、標的分子数を増やして計測可能とするには流路中に様々な精密加工の工夫が必要であった。本節では、光誘起力を主たる駆動力とする光濃縮によるマイクロフロー光誘導加速システム(MFLAC-SYS)の高性能標準機(図3)にフォーカスして大腸がんマーカーCEAを対象とする臨床検査に向けた研究開発について紹介する16)。

[図3]

図3  マイクロフローLAC-SYS(MF-LAC-SYS)の高性能標準機
マイクロフローLAC-SYS(MF-LAC-SYS)の高性能標準機

MF-LAC-SYSでは光圧と流体圧の相乗効果により抗原抗体反応を加速し、かつ流体圧によって非特異吸着した夾雑物や未結合のビーズを自動洗浄して高感度に標的タンパク質を特異検出(選択的に検出)することができる(図4(a))。図4(b)では大腸がんマーカータンパク質(CEACAM-5)と特異的に結合する抗体A、抗体Bを用い、抗体Aを修飾したマイクロビーズ(プローブA)とCapture抗体を修飾したマイクロビーズ(プローブB)の混合液をMF-LAC-SYSに導入して5分間レーザー照射した時の測定結果と、CEAファミリーで交差反応が低いCEACAM- 1をネガティブコントロールとした場合の同条件での測定結果を示した。前者のCEACAM-5が強く応答し、1pg/mL ~ 500pg/mLの低濃度から高度領域にわたる広い範囲で定量ができることを確認した。また、図4(c)では自作マイクロウェル中で光圧無しでプローブA、プローブBと各CEAファミリーの混合液を計測したところ2時間かけてようやくCEACAM-5のシグナルが増大して同様の範囲で検出ができることが分かった。

[図4]

図4 (a)大腸がんマーカーCEA(CEACAM-5)へのMF-LACSYSの適用の概念図
(a)大腸がんマーカーCEA(CEACAM-5)へのMF-LACSYSの適用の概念図。
(b)MF-LAC-SYSによるCEAファミリーの比較実験(200 mW、45μm下方照射)。
図2 (c)自作マイクロウェル中での抗体修飾ビーズによるCEAファミリーの免疫沈降の比較実験(光濃縮なし)
(c)自作マイクロウェル中での抗体修飾ビーズによるCEAファミリーの免疫沈降の比較実験(光濃縮なし)

これらの結果は光圧を作用させることで2桁の高感度化と20倍以上の高速化ができたことを示しており、5~6時間を要するELISAとの比較では60倍の高速化に成功したと言える。当該研究では、抗体修飾ビーズを含む試薬のpH、ビーズの表面電位、塩濃度、抗体の組み合わせなどの最適化を、物理、化学、生物、医学の異分野横断的な共同研究を通じて推進し、高感度かつ高選択性の検査手法を実現した。この手法を用い、大腸がん患者から採取したさまざまな不純物を含む血漿の希釈液中のCEACAM-5を測定した(図5(a),(b))。このマーカーは、人間ドックではCEAと呼ばれ、臨床検査における基準値は、5ng/mLである。さらに、MF-LAC-SYSで大腸がん患者の血漿中のCEACAM-5を単一種類の抗体で測定することができ、約数分間のレーザー照射(400mW, 45μm下方照射)により形成された抗体修飾ビーズの多層部面積が総集合面積に占める割合(以下、多層部分の割合)をシグナルとして評価したところ、1~ 10pg/mLという非常に低い濃度領域で正の濃度依存性があることを明らかにし、従来法との相関も確認した。

[図5]

 (a)大腸がん患者由来の希釈血漿中CEAを標的としたMF-LAC-SYS の測定例(光学透過像)
(a)大腸がん患者由来の希釈血漿中CEAを標的としたMF-LAC-SYS の測定例(光学透過像)。
図5 (b)抗体A を修飾した粒子(プローブA)のみを用いた希釈血漿中CEA測定結果(左図)、最適化されたプローブA、プローブB両方を用いた希釈血漿中CEAの測定結果(右図)。
(b)抗体A を修飾した粒子(プローブA)のみを用いた希釈血漿中CEA測定結果(左図)、最適化されたプローブA、プローブB両方を用いた希釈血漿中CEAの測定結果(右図)。
図5 (c)CEAナノ凝集体の検出の概念図と動的光散乱による散乱強度の粒子サイズ依存性および透過型電子顕微鏡(TEM)像。
(c)CEAナノ凝集体の検出の概念図と動的光散乱による散乱強度の粒子サイズ依存性および透過型電子顕微鏡(TEM)像。

これは基準値よりも約1000分の1の低濃度領域で測定できたことを意味しており、光圧の強さを調節することで数百pg/mLの領域でも測定が可能であることを示しており、従来法による測定濃度の10 ~ 1000分の1の広い範囲で定量できることも意味している。光濃縮で捕捉した総タンパク質量としては、流路中のレーザー照射領域を通過した数百nLの液体試料中における数百ag(10-18グラム)のCEACAM-5を検出できることを示唆している(図5(a)青字の数値)。さらに、図5(b)右側のようにCEACAM-5の別の部分に結合する2種類の抗体を用いることで結合確率が高まり、2~3倍のシグナル増強が得られた。また、図5(a)のように、同種の抗体を修飾したビーズを用いて光濃縮下でCEACAM-5を検出できたことから、複数のエピトープ(抗体が実際に結合する抗原上の特定部位)が外向きに露出したナノ粒子を形成している可能性があると考え、光散乱の粒子直径依存性を計測できる動的光散乱法(DLS)や透過型電子顕微鏡(TEM)など複数の分析技術を駆使して単一のCEACAM-5分子と同程度の直径約8nmのナノ粒子が多数存在する中に、約100 ~ 200nmのナノスケールのCEACAM-5凝集体(CEACAM- 5ナノ粒子)が存在していることを確認した(図5(c))。これらの知見は、CEACAM-5ナノ粒子や別の物質との結合体が血液中に存在する可能性を示し、新たな大腸がんマーカーとしての可能性を示唆するものであり、光濃縮技術の重要な特徴を示すものである。

3.ナノボウル光濃縮チップと従来分析技術との融合

前節では光圧と流体圧の相乗効果を駆使した光濃縮技術について説明したが、本節ではレーザーポインターと同程度のmWレベルの低出力レーザーで光熱効果による光誘起対流を発生して抗原抗体反応を加速できるバイオチップの例としてナノボウル光濃縮基板を紹介する17)。図6(a)のように1円玉の直径よりも小さな基板であり、直径500nmのナノ粒子を鋳型として自己組織的に形成したナノスケールの非貫通孔が周期的に配列している様子がSEM観察によって分かる。スパッタリング装置で金薄膜(厚さ:50nm)を被覆しており、明瞭な局在表面プラズモン由来の光学応答を示し、周期細孔による構造色で角度を変えると虹色に見える。図6(a)右側のように抗体を修飾した直径100nmのナノ粒子(以下、抗体修飾ナノ粒子)の分散液5μLを滴下し、出力3mWのレーザーを1分間照射することで広範囲に抗体修飾ナノ粒子を被覆し、標的タンパク質(新型コロナウイルス由来S-protein)を被覆した赤色の蛍光ナノ粒子の分散液5μLを滴下し、同出力のレーザーを4分間照射して基板上に光濃縮した後、10秒間洗浄し、蛍光イメージングで面積測定して定量評価した。標的タンパク質を修飾していないナノ粒子(ミスマッチ)の場合には抗原抗体反応が起こらないため、洗浄するとナノ粒子はほとんど残らず、マッチかつ光濃縮ありの場合が最もシグナルが高く、ミスマッチや2回目のレーザー照射なしの場合に比べて10 ~ 20倍の高感度なアッセイが抗体修飾から検出まで含めて5分以内で可能であることを示している。この基板は図1に示した様々な従来法との適合性が高く、質量分析法の一種であるICP-MSとの融合で乳がん細胞株由来の細胞外小胞(EV)の計測において100 ~ 1000倍の高感度化に成功しており22)、顕微レーザーラマン分光との融合でも60000倍の検出効率向上に成功している23)。

[図6]

 (a)ナノボウル光濃縮基板の概念図と写真、および走査型電子顕微鏡(SEM)像(左図)、および2ステップ法の概略(右図)。
(a)ナノボウル光濃縮基板の概念図と写真、および走査型電子顕微鏡(SEM)像(左図)、および2ステップ法の概略(右図)
(b)2ステップ法を用いた生体ナノ粒子(ウイルス由来タンパク質を修飾した蛍光ナノ粒子)への適用例。
(b)2ステップ法を用いた生体ナノ粒子(ウイルス由来タンパク質を修飾した蛍光ナノ粒子)への適用例

4.おわりに

上述のMF-LAC-SYSの高性能標準機の開発は科学技術振興機構(JST)の未来社会創造事業の下で推進され、医療機関として愛知県がんセンター、名古屋市立大学医学研究科、浜松医科大学も参画し、最先端光学チームとのコラボを基盤とする分野を超えた共同研究で行われた。光ファイバーモジュール24)を用いた試作機開発を経て、これらの研究開発に触発された参画企業である大塚電子株式会社との「産学医連携」の共同開発により医療関係者でも簡便に扱えるMinimum ValuableProduct(MVP)の開発につながった(図7)。MF-LAC-SYSの医療分野での社会実装は、このような光科学を専門とするアカデミア、医療機関、分析機器メーカーが三位一体となった国プロの下での共創により実現が見えてきた。また、このような各機関の橋渡しによりコラボレーションを支える企業経験者の高度研究開発人材が重要な役割を果たしたことも付記する。

[図7]


図7 次世代医工計測技術の開発に向けたアカデミア・医療機関・分析機器メーカーが三位一体となった「光濃縮医工計測エコシステム」。
次世代医工計測技術の開発に向けたアカデミア・医療機関・分析機器メーカーが三位一体となった「光濃縮医工計測エコシステム」

本稿では紙数の兼ね合いで割愛したが、光濃縮技術は環境応用や食品検査への応用も行われている。たとえば、ハチの巣を模倣したマイクロ多細孔基板により低ダメージに微生物の光濃縮ができ、電流発生菌の高密度集積による電流値の向上が報告され25)、産学連携での環境浄化型微生物発電の研究開発に繋がっている。また、当該基板による食中毒菌の選択的な検出に関する基礎研究も推進されている26)。さらに、レーザー照射により希薄な薬剤を狙った細胞に濃縮導入して低コストかつハイスループットな薬効評価ができることも報告され、創薬応用の観点でも産学連携への発展が期待される27)。これらの取組は、医療・創薬・食品・環境に関わるバイオ分析機器の発展に貢献し得るものであり、光誘導加速システムによる生体データのデジタル化の加速を可能とする未来技術である「光濃縮DX」の共通基盤構築につながるものである。今後、光濃縮DXの発展により異分野横断、異業種横断のコラボレーションがさらに活性化され、我が国の分析機器業界に新たなイノベーションの光が灯ることを期待する。

謝辞

本稿で紹介した研究は高木裕美子氏、勝間田麻美氏、林康太氏、田村守氏、叶田雅俊氏、豊内秀一氏ならびに当研究室の大学院生・卒業生諸氏との共同研究の成果である。また、医学的観点からご助言を頂いた田口歩氏、長島優氏、産学連携の観点からご助言を頂いた佐藤孝明氏(JST未来社会創造事業・テーママネージャー)、長我部信行氏(JST未来社会創造事業・「共通基盤」領域・運営統括)、大塚電子株式会社、株式会社島津製作所、株式会社堀場製作所、株式会社オプトイノベーションなど協力企業の関係者の皆様、光学的観点からご助言を頂いた伊都将司氏、藤原正澄氏、井村考平氏にもこの場を借りて感謝申し上げたい。

本稿で紹介した研究成果の一部はJST未来社会創造事業(No.JPMJMI21G1)、JST創発的研究支援事業(No.JPMJFR2010)、JSPS科研費基盤研究(S)(JP25H00421)、AMEDムーンショット型研究開発事業(JP24zf0127012)、大阪府立大学キープロジェクト、大阪公立大学戦略的研究推進事業(国際研究拠点形成支援)などからご支援を頂いた。


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