分析機器情報

マルチビームで解き明かすコンタクトレンズの謎 ─ 先端分析の先に拡がる世界 ─

1. はじめに

コンタクトレンズは、涙液の表面張力により角膜前面に保持され、屈折をサポートすることで外界から入射する「光」を制御し、網膜上への適切な結像を実現する視力補正用医療機器である。

一方、本稿では、コンタクトレンズ材料に対し、科学が生み出した「光」量子ビームを用いたマルチビーム・マルチプローブ解析で明らかとなった内部構造および表面化学構造、さらにそれらに基づく物性と機能の相関について紹介する。あわせて、このような先端分析に基づく材料研究の進展がもたらす将来展望についても概説する。

2. コンタクトレンズ素材

角膜は血管を有さない組織であるため、酸素透過性の低いコンタクトレンズを装用すると角膜への酸素供給が不足し、これに起因する急性および慢性の障害が生じることが知られている。そのため、コンタクトレンズ素材の開発は、素材工学のみならず、眼科臨床における知見に加え、物質輸送特性を評価する物理化学的研究とともに発展してきた1)

コンタクトレンズ素材は、ハードレンズに用いられたポリメチルメタクリレート(polymethylmethacrylate: PMMA)、およびソフトレンズ材料として開発されたpoly(2-hydroxyethylmethacrylate)(PHEMA)に起源を持つ。しかし、これらはいずれも酸素透過性に乏しいという課題を有していた。この課題に対し、高い分子運動性に起因する大きな自由体積を有し、優れた物質輸送能を示すシリコーン化合物が導入されるに至った。現在では、疎水性のシリコーン成分と親水性の吸水性成分からなる両親媒性共重合体、すなわちシリコーンハイドロゲル(silicone hydrogel:SiHy)がコンタクトレンズ素材の主流となっている1)

3. 両親媒性共重合体SiHyにおける物質

構造と機能の相関

SiHyは、シリコーン化合物と吸水性成分から構成される両親媒性ゲルであり、高い酸素透過性と、水和に由来する柔軟性および生体適合性を併せ持つ優れた材料である。ただし、水と油のように相反する性質を有する成分からなる共重合体であることに起因し、望ましい機能発現の一方で特有の課題も内在する。原料混合段階では均一に見える系であっても、塊状重合過程においてシリコーン成分と吸水性成分の相分離が生じやすく、多くの組成において白濁が観察される。このため、従来の製品開発においては、原料組成を変えながら重合体を作製し、外観を含む機能評価を繰り返す試行錯誤的手法が主流であった。

一方、2000年前後より、コンタクトレンズ材料の設計においても、量子ビームを用いた小角散乱(small-angle X-ray scattering: SAXS、およびsmall-angle neutron scattering: SANS)による構造解析が適用されるようになった。AustralianNuclear Science and Technology Organisation(ANSTO)やDiamond Light Source、国内では大型放射光施設SPring-8や大強度陽子加速器施設J-PARCにおいて、レンズ材料および表面に関する研究が進められている。

これらの量子ビーム解析により、白濁した共重合体ではマクロスケールの相分離構造が、透明な共重合体ではナノスケールの相分離構造が形成されていることが明らかとなった。すなわち、SiHyの透明性はナノスケールで制御された相分離構造により規定されることが示された。また、材料設計の進展に伴い、透明性が維持される範囲内においても相分離ドメインのサイズが増大する傾向が報告されている。透明性の観点からはドメインの微細化が、機能発現の観点からはドメインの成長が有効であることが示唆されている2)

さらに、図1に示したSAXSの時分割測定から、透明な共重合体における相分離構造は重合反応に伴って誘起され、重合過程で一定サイズのドメインが形成される「重合誘起相分離」であることが明らかとなった3)。 これらの知見に基づき、シリコーン成分との塊状重合においても、透明性と脂質防汚性を両立可能な吸水性成分の設計指針が提案されている。

図1 小角X 線散乱のIn situ 実験によるSiHy重合過程の構造追跡結果
図1 小角X 線散乱のIn situ 実験によるSiHy重合過程の構造追跡結果
(Macromolecules 2009, 42, 9561–9567より引用改訂.)

透過型電子顕微鏡(TEM)は形態観察に有効であり、構造を直感的に理解できる手法であるが、水和物であるゲルの解析では真空環境下での測定が必要となる点が課題であった(近年ではクライオ電子顕微鏡の発展により、この課題の克服が期待されている)。SAXSとの相補的解析により、乾燥状態と水和状態の形態差を評価し、TEM観察結果と組み合わせることで構造理解をさらに深化させることが可能である。実際に、図1に示すSAXSプロファイルから得られるドメイン間距離と、図2に示すTEM像のフーリエ変換解析から導出されるドメイン間距離は良好に一致しており、両手法の整合性が確認されている3)

図2  Silicone Hydrogel の透過型電子顕微鏡観察結果及びフーリエ変換により得られた二次元像
図2 Silicone Hydrogel の透過型電子顕微鏡観察結果及びフーリエ変換により得られた二次元像
Reprinted with permission from Macromolecules2009, 42, 9561–9567. Copyright 2026 AmericanChemical Society.

さらに、水和状態における構造については、SAXSおよびSANSの相補的解析により詳細が明らかにされている。SiHyは、親水性成分からなるハイドロゲル相中に、ポリジメチルシロキサン(PDMS)に代表される高分子量シリコーン成分からなるドメインが分散した構造を有すると考えられている。加えて、これらのシリコーンドメインはコア–シェル型シリンダー構造を形成し、PDMSからなるコアを数nmスケールの中間領域(シェル)が被覆する階層構造を有することが報告されている4)。 このシェル構造の厚みと材料の力学特性との相関が確認されている5)

さらに、2024年に東北大学キャンパス内に稼働した3GeV高輝度放射光施設(NanoTerasu)においては、コヒーレントの高い光を活用したイメージング装置の開発が進み、X線による構造可視化が進むと期待される。

4.両親媒性共重合体SiHyにおける表面

化学構造と機能の相関

コンタクトレンズは涙液との接触環境下で使用されるため、その表面、さらには涙液との界面構造が極めて重要である。図3に示すように、涙液は油層・液層からなる多層構造6) を有し、レンズ装用によりそのバランスは変化する。したがって、レンズ表面の特性は装用不快感の発生や、涙液成分の付着・汚染の要因となり得る。しかしながら、これらの表面設計はバルク設計以上に試行錯誤的手法に依存しており、最終的には官能評価に大きく依拠しているのが現状である。そのため、後工程での再設計には大きな負担を伴う。

図3 最新の涙液構造
図3 最新の涙液構造
あたらしい眼科29(3): 291-297(2012)より引用し、一部改訂。

このような課題に対し、まずは涙液とレンズ表面の界面構造、特に相互作用を規定する表面化学構造を正確に把握することが重要である。製品開発現場においては、赤外分光やX線光電子分光(X-ray photoelectron spectroscopy: XPS)などの自社設置型分析装置が広く用いられている。特にコンタクトレンズ表面の評価においては、ナノメートルスケールの深さ情報が必要となるため、XPSが有効な手法である。

このような課題に対し、まずは涙液とレンズ表面の界面構造、特に相互作用を規定する表面化学構造を正確に把握することが重要である。製品開発現場においては、赤外分光やX線光電子分光(X-ray photoelectron spectroscopy: XPS)などの自社設置型分析装置が広く用いられている。特にコンタクトレンズ表面の評価においては、ナノメートルスケールの深さ情報が必要となるため、XPSが有効な手法である。

しかし、SiHyにおいて機能発現の鍵となる珪素(Si)元素については、実験室系のXPSでは特性X線のエネルギー制約によりSi 1s(K殻)電子の分析が困難である。このため、放射光を利用したテンダーX線から硬X線領域の光電子分光(photoelectron spectroscopy: PES)、X線吸収分光(X-ray absorption spectroscopy: XAS)が有用である。さらには放射光赤外分光、中性子反射率(neutron reflectometry: NR)、電子顕微鏡、レーザー光源を用いた原子間力顕微鏡(AFM)やエリプソメトリーなど、量子ビームを活用した高度分析が進展している。これらの手法により、ナノメートルスケールでの化学組成分布や水和構造が明らかにされつつある。

図4にテンダーX線PESの結果を示す。

図4 Silicone Hydrogel 表面における親水化処理の有無による硬X線光電子分光(HAXPES)測定結果。上図は0–3000eVのワイドスキャン、下図はSi 1s領域のスペクトルを示す。
図4 Silicone Hydrogel 表面における親水化処理の有無による硬X線光電子分光(HAXPES)測定結果。 左図は0–3000eVのワイドスキャン、右図はSi 1s領域のスペクトルを示す。

放射光を用いることで、従来の実験室装置では困難であったSi 1s光電子の測定が可能となり、化学状態の変化(ケミカルシフト)およびその定量評価が高精度で実施可能となった7)

さらに図5には、軟X線吸収分光(soft X-rayabsorption spectroscopy: SXAS)により測定したSi K-edgeの結果を示す。PESが光電子の放出を検出する手法であるのに対し、SXASは内殻電子励起に伴うX線の吸収を検出する点で異なるSXASでは、表面近傍に感度を持つ全電子収量(TEY)、転換電子収量(CEY)と、より深部の情報を反映する蛍光収量(部分蛍光収量:PFY)を組み合わせることで、ナノメートルからマイクロメートルスケールにわたる深さ方向の情報を取得することが可能である。図5に示すように、CEY測定では親水化処理時間に伴うSiの化学状態変化が観察される一方、PFY測定ではバルク構造に大きな変化がないことが示されている7)

図5 Silicone Hydrogel 表面における親水化処理の時間変化に関する軟X線吸収分光(SXAS)測定結果。左図は転換電子収量(CEY)、右図は部分蛍光収量(PFY)スペクトルを示す。
図5 Silicone Hydrogel 表面における親水化処理の時間変化に関する軟X線吸収分光(SXAS)測定結果。左図は転換電子収量(CEY)、右図は部分蛍光収量(PFY)スペクトルを示す。

また、中性子を用いた解析は同位体識別に優れるため、水和物であるゲル材料において重水(D2O)を用いることで、含水領域と非含水領域の明確な識別が可能となる。この特性により、水和状態での界面構造解析に優位性を示す。

さらに近年では、大気圧下光電子分光(ambientpressure photoelectron spectroscopy: AP-PES)の発展が著しく、硬X線(SPring-8)に加え、軟X線領域(NanoTerasu)においても水蒸気雰囲気下での水和状態測定技術の開発が進んでいる。これらの手法を相補的に活用することで、ゲル表面における水和挙動および界面構造の理解が一層深化することが期待される。

5.実態解析と数値解析の融合

近年では、実験的解析に加えて計算科学の活用が進展している。量子科学分野における分子動力学(molecular dynamics: MD)法や、さらに粗視化手法である散逸粒子動力学(dissipativeparticle dynamics: DPD)法を用いることで、重合過程の予測や相分離構造の形成、さらには分子拡散や水との界面状態といった機能発現の予測が可能となっている。

図1および図2に示したSAXSおよびTEM測定対象材料について、DPD法により予測した相分離構造を図6に示す。得られた構造に対してフーリエ変換を適用して算出したドメインサイズは、実験的に得られたSAXSおよびTEMの結果と良好に一致した8)

図6  両末端に重合基を導入したポリジメチルシロキサン(polydimethylsiloxane: PDMS-DA)の複数粗視化モデルと、N,N-ジメチルアクリルアミド(DMAA)の粗視化モデルに基づき、散逸粒子動力学(dissipative particledynamics: DPD)法により計算したSilicone Hydrogel構造。
図6 両末端に重合基を導入したポリジメチルシロキサン(polydimethylsiloxane: PDMS-DA)の複数粗視化モデルと、N,N-ジメチルアクリルアミド(DMAA)の粗視化モデルに基づき、散逸粒子動力学(dissipative particledynamics: DPD)法により計算したSilicone Hydrogel構造。

現在、このような実験解析と数値解析が整合する材料設計基盤が、材料設計の効率化及び高度化の実現に寄与すると思慮する。

コンタクトレンズ分野においては、量子ビーム計測によるマルチスケールアナリシスと計算科学によるマルチスケールモデリングから導出された材料設計システム「SilicoSim(シリコシム)」が開発されている。

6.おわりに ─今後の展望─

コンタクトレンズは高度管理医療機器(クラスⅢ)に分類され、その開発には厳格な規制が伴う。品質管理、リスク評価、臨床試験などを経て製品化に至るまでには長期間を要するため、後戻りを最小化する観点からも初期段階における科学的設計の重要性は極めて高い。

製品開発の現場において、量子ビームを相補的に活用した計測手法を導入することで、従来の試行錯誤的な開発から、構造–機能相関に基づく材料設計への転換が可能となった。さらに、これらの実験解析と計算科学、材料設計の融合により、今後はより高度な機能を有するコンタクトレンズ材料の創出が期待される。