分析機器情報

水質規制

地球環境を考えた場合、地球温暖化問題やPM2.5をはじめとする大気環境問題とともに、水質汚濁、土壌汚染、地下水汚染など、水質環境にかかわる問題が多く存在している。

日本では過去の公害対策によって良好な水質を回復・維持できているケースも多いが、近隣のアジア諸国では、経済や工業の発展につれて、高度成長期の日本で発生したような水質汚濁を含む環境問題が発生しており、水質改善も緊急性をともなう重要課題の一つとなっている。これらの水質汚濁問題を解決していくべく、水質基準を定めた水質規制 による対策が講じられている。水質を改善できている現場ではその良好な状態を維持するための指標として、また今後の改善が必要な現場ではその改善目標として、水質規制が活用されている。現場試料を分析する状態把握からはじまる対策であり、JAIMA会員企業製の分析機器が国内外で活躍している。

本稿では、水質規制および分析機器に関する情報を中心に紹介する。

1. 日本における水質規制

日本は、戦後復興からオイルショック(1973年)までの間に高度成長期を迎え、工業も飛躍的に発展した。国民の生活も豊かで便利なものに変化し、東京オリンピックや大阪万博などを開催できるほど経済を発展できた。その一方で、環境問題まで配慮できない状態が続いたことも事実であり、その代償として4大公害病(水俣病、新潟水俣病、イタイイタイ病、四日市ぜんそく)をはじめとする環境問題が様々な場所で発生した。

工場からの排水や排煙が原因となって引き起こした公害が多く、4大公害病のうち3つは水質汚濁が原因であった。結果として大きな社会問題となり、規制・改善することなどで公害問題を解決していく必要があったことから、1967年に公害対策基本法が、1968年に大気汚染防止法および騒音防止法が、1970年に水質汚濁防止法が、1993年に環境基本法が制定された。

1-1. 環境基準1)

環境基本法では、人の健康の保護及び生活環境の保全のうえで維持されることが望ましい基準として、大気、騒音、水質、土壌、ダイオキシン類に係る環境基準が定められている。水質汚濁に係る環境基準として、人の健康の保護に関する環境基準(27項目)と生活環境の保全に関する環境基準(河川、湖沼、海域に区別して、各5項目ずつ)が決められており、地下水の水質汚濁に係る環境基準(28項目)も決められている。全ての項目に対して基準値が決められており、人の健康の保護に関する環境基準及び地下水の水質汚濁に係る環境基準では、関連JISや付表に記載されている方法を測定方法として引用している。

1-2. 排水基準2) ・・・ 表1表2表3参照

排水に対する一律排水基準が定められており、有害物質に係る排水基準(28項目)と一般項目(有害物質以外の項目)に係る排水基準(15項目)として許容限度が示されている。

順守しなければいけない基準であるが、自治体によっては上乗せ基準及び規制基準を設けている場合もある。

東京都3)では公共用水域に排出される汚水の許容限度を細分化し、工場排水に関しては、水道水源水域とその他の水域に区分し、水道水源水域に対しては新設工場か既設工場かで基準値を変え、新設工場に対してはより厳しい基準(1桁低い数値もしくは検出されないこと)を課している。

実際の測定は、現場設置型分析装置が存在する場合は連続測定か一定周期での測定されているが、ラボ用分析装置のみが存在する場合はより高度な分析機器を利用できるというメリットはあるものの、サンプリングした試料水を持ち帰って分析することになるため、分析するまでに反応や吸着・揮散などで組成や濃度が変わってしまう可能性や、結果が出るまでに時間がかかるというデメリットもあり、それらへの十分な配慮が不可欠である。

1-3. 総量規制4) ・・・ 表4参照

人口及び産業の集中等によって、生活や事業活動に伴って排出された水が大量に流入する広域的な閉鎖性海域で、排水基準のみでは環境基準の確保が困難である海域(東京湾、伊勢湾、瀬戸内海)に対しては、工場・事業所のみならず、生活排水等も加えたすべての汚濁発生源からの汚濁負荷量を、総合的・計画的に削減していくことを目指した水質総量削減制度が設けられている。

定期的に目標値が見直されてきており、現在、第8次として、COD、窒素含有量、りん含有量に関する2019年度における削減目標量を目指した改善が図られている。瀬戸内海に関しては、大阪湾だけの目標量も定められている。前述3項目の常時監視が必要であり、項目ごとに決められた分析法による連続測定装置が現場に設置されている。総量規制は、1980年にCODで始まり、2002年から窒素含有量とりん含有量を加えた3項目となり、現在に至っている。新項目の検討も続けられており、底層DO(溶存酸素)などが検討されてきている。

1-4. 水道水原水検査

水道水(上水)としての配給水には、水質基準項目(51項目)5) の基準値を定め、水質を確保している。その水質は、河川水などを用いるが原水に影響されることが多いため、水道原水に関しても検査項目(39項目:前述の51項目から副生成物と味を除く)が用いられ、常時もしくは定期的に分析して監視されている。基準を外れた場合は原水として使用できないという対処法であり、厳密には水質規制とはいえないが、原水水質を良好な状態で維持することが絶対的な条件であり、「1-2. 排水基準」に記したように水道水源水域での排水基準を厳しくする上乗せ基準を条例として設けている自治体が存在している。条例などによって上乗せ基準を付した排水基準にも関係している検査であり、その結果として、良好な原水水質であることを確認し、安心して飲むことができる水道水の供給が可能となっている。

2. 近隣諸国における水質規制

高度経済成長期の日本と同様、近隣諸国においても急速な経済・工業の発展とともに公害問題が発生し、PM2.5などの大気環境問題とともに、水質汚濁が大きな社会問題となっている。

2-1. 中国

中国においては、水質改善を図るべく水質規制が順次制定され、様々な場所で水質連続測定が始められている。COD、窒素含有量、りん含有量を測定する現場計器の配備はかなり進んでおり、JAIMA会員企業製の計器も数多く活躍している。重金属に起因する水質汚濁問題も発生しており、各種重金属を測定対象とした現場計器が開発・設置も盛んとなってきている。

現場計器を含めた分析機器全般にわたって、近年、中国メーカー製品の品質・機能が飛躍的に向上し、日本製品に遜色ない状態になってきているとも言われている。非常に強力な競合であり、これまで以上に厳しい市場になることが予測される。日本製品を継続的に活躍させるためにはどのような施策を行っていくべきかも、我々の喫緊の課題となっている。

2-2. 東南アジア

中国同様、経済・工業が急激に発展してきている国も多く、水質汚濁を含めた環境対策は現地での重要課題の一つになり得る状況にある。土壌成分や過去の戦争などが原因の場合も少なくなく、その国特有の環境問題が存在し、水質汚濁の改善が緊急課題となっている国も多い。

この地域にも多くの欧米メーカーが進出しており、市場によっては、外国企業が先行している場合も少なくない。しかし、公害対策はこれからというケースも少なくなく、かなりの難易度であった日本の公害問題に対応してきたJAIMA会員企業が進出できるチャンスはまだ存在しているとも考える。中国ほどの大市場は望めないが、現地での測定要求に応じ、水質規制が行われる場合はそれに同調した計器を提供していくことによって、小ぶりながらも環境用分析機器の市場創成が期待できる地域でもある。

3. 今後の水質測定

水質環境の確保は、今後もグローバルな重要課題のひとつである。新規分析技術の開発は世界中で継続されており、良い技術・製品であれば短期間で普及していく傾向も強くなってきている。近年、光学式DO測定計(図1参照)が高性能や使いやすさなどの特徴がユーザーに好評で、測定現場に短期間で普及したという事例があった。従来法は隔膜型電気化学センサーを用いた方法であるが、この計器はDO濃度に応じた光学応答に基づく全く新しい測定原理のセンサーであり、上市されてから比較的短期間でJIS化まで進んだ事例となった。

 

図1 光学式DO計

図1 光学式DO計

 

最近はマイクロプラスチックによる汚染問題が急激にクローズアップされており、実態解明や対策法の検討が国内外で活発化している。しかし、十分な検討を行えていないテーマでもあり、今後、JAIMA会員企業がどのように関われるのかが手探り状態というのも事実である。地球環境における重大な問題であることは確かであり、近い将来、水質規制などにつながっていく可能性もある。マイクロプラスチックを分析・計測するための分析機器はこれから開発されていくタイミングであり、将来的に新たな分析機器市場が創成される可能性を秘めている。日本発の分析機器が世界中に普及していくことを期待したいテーマでもある。

水質環境の維持・改善は地球規模で継続検討していく課題であり、マイクロプラスチックなどの新課題や国内外の水質規制に対応しながら、水質測定用分析機器市場は今後も存在していく。外国向け製品の比率がますます高まっていくことも予測できることから、より簡便で安価な製品への要求が強くなっていくことも予測されている。IoTやAIなどへの関心も高まってきており、水質環境分析機器においても、従来技術や国内仕様に縛られることなく、より自由な発想で開発を進めて、国内外での競争力を高めていくことの重要性が増していくことは確かであろう。競合製品は外国製品ということは既に一般的であり、世界に先んじた水質分析計を作り続けていくことがこれまで以上に重要である。

表1 一律排水基準 / 有害物質に係る排水基準 2)
有害物質 排出水の許容濃度(mg/L) 特定地下浸透水
許容濃度 <参考>定量限界
(mg/L)
カドミウム 及びその化合物 カドミウムとして 0.03 検出されないこと カドミウムとして0.001
シアン化合物 シアンとして 1 シアンとして 0.1
有機燐化合物
(パラチオン、
メチルパラチオン、
メチルジメトン及び
EPNに限る)
1 0.1
鉛及びその化合物 鉛として 0.1 鉛として 0.005
六価クロム化合物 六価クロムとして0.5 六価クロムとして0.04
砒素及びその化合物 砒素として 0.1 砒素として 0.005
水銀及びアルキル水銀
その他の水銀化合物
水銀として 0.005 水銀として 0.0005
アルキル水銀化合物 検出されないこと アルキル水銀として0.0005
ポリ塩化ビフェニル 0.003 0.0005
トリクロロエチレン 0.1 0.002
テトラクロロエチレン 0.1 0.0005
ジクロロメタン 0.2 0.002
四塩化炭素 0.02 0.0002
1,2-ジクロロエタン 0.04 0.0004
1,1-ジクロロエチレン 1 0.002
1,2-ジクロロエチレン シス体 0.004
トランス体 0.004
シス-1,2-ジクロロエチレン 0.4
1,1,1-トリクロロエタン 3 0.0005
1,1,2-トリクロロエタン 0.06 0.0006
1,3-ジクロロプロパン 0.02 0.0002
チウラム 0.06 0.0006
シマジン 0.03 0.0003
チオベンカンブ 0.2 0.002
ベンゼン 0.1 0.001
セレン及びその化合物 セレンとして 0.1 セレンとして0.002
ほう素及びその化合物 海域以外 10
海域 230
0.2
ふっ素及びその化合物 海域以外 8
海域 15
0.2
アンモニア、
アンモニア化合物、
亜硝酸化合物
及び硝酸化合物
アンモニア性窒素×0.4+
亜硝酸性窒素+硝酸性
窒素として 100
アンモニア性窒素 0.7
亜硝酸性窒素 0.2
硝酸性窒素 0.2
塩化ビニルモノマー 0.0002
1,4-ジオキサン 0.5 0.005
表2 一律排水基準 / 一般項目(有害物質以外の項目)に係る排水基準2)
排出水の許容濃度(mg/L)
水素イオン濃度(pH) 5.8以上8.6以下 (海域以外に排出)
5.0以上9.0以下 (海域に排出)
生物化学的酸素要求量 160(日間平均 120)
化学的酸素要求量 160(日間平均 120)
浮遊物質量 200(日間平均 150)
ノルマンヘキサン
抽出物質含有量
(鉱油類含有量)
5
ノルマンヘキサン
抽出物質含有量
(動植物油脂類含有量)
30
フェノール類含有量 5
銅含有量 3
亜鉛含有量 2
溶解性鉄含有量 10
溶解性マンガン含有量 10
クロム含有量 2
大腸菌群数 日間平均 3,000
窒素含有量 120(日間平均 60)
燐含有量 16(日間平均 8)
表3 上乗せ基準及び規制基準(汚水)/ 東京都条例 3)
有害物質 公共用水域に排出される汚水の許濃度 (mg/L) 地下に浸透される
汚水の許容濃度
(mg/L)
工場 指定作業場
水道水源水域 その他の水域 全域
新設 既設
カドミウム 及びその化合物 カドミウムとして 0.003 カドミウムとして 0.03 カドミウムとして0.001
シアン化合物 検出されないこと シアンとして 1 シアンとして 0.1
有機燐化合物
(パラチオン、
メチルパラチオン、
メチルジメトン
及びEPNに限る)
検出されないこと 1 0.1
鉛及びその化合物 鉛として 0.01 鉛として 0.1 鉛として 0.005
六価クロム化合物 六価クロムとして 0.05 六価クロムとして 0.5 六価クロムとして0.04
砒素及びその化合物 砒素として 0.01 砒素として 0.1 砒素として 0.005
銀及びアルキル水銀
その他の水銀化合物
水銀として 0.0005 水銀として 0.05 水銀として 0.0005
アルキル水銀化合物 検出されないこと アルキル水銀として0.0005
ポリ塩化ビフェニル 検出されないこと 0.003 0.0005
トリクロロエチレン 0.01 0.1 0.002
テトラクロロエチレン 0.01 0.1 0.0005
ジクロロメタン 0.02 0.2 0.002
四塩化炭素 0.002 0.02 0.0002
1,2-ジクロロエタン 0.004 0.04 0.0004
1,1-ジクロロエチレン 0.1 1 0.002
1,2-ジクロロエチレン シス-1,2-ジクロロエチレンとして0.04 シス-1,2-ジクロロエチレンとして 0.4 シス体 0.004
トランス体 0.004
1,1,1-トリクロロエタン 1 3 0.0005
1,1,2-トリクロロエタン 0.006 0.06 0.0006
1,3-ジクロロプロパン 0.002 0.02 0.0002
チウラム 0.006 0.06 0.0006
シマジン 0.003 0.03 0.0003
チオベンカンブ 0.02 0.2 0.002
ベンゼン 0.01 0.1 0.001
セレン及びその化合物 セレンとして 0.01 セレンとして 0.1 セレンとして 0.002
ほう素及びその化合物 ほう素として 1 域以外の公共用水域に排出/ほう素として 10
海域に排出/ほう素として 230
ほう素として 0.2
ふっ素及びその化合物 ふっ素として 0.8 域以外の公共用水域に排出/ふっ素として 8
海域に排出/ふっ素として 15
ふっ素として 0.2
塩化ビニルモノマー 0.0002
1,4-ジオキサン 0.05 0.5 0.005
表4 総量規制:削減目標量4)
削減目標量
平成31年度における量
(t)
平成26年度における量
(t)
第7次の削減目標量
(t)
東京湾 COD 155 163 177
窒素含有量 166 170 181
りん含有量 11.7 12.3 12.1
伊勢湾 COD 133 141 146
窒素含有量 108 110 115
りん含有量 7.8 8.2 8.7
瀬戸内海
( )⇒ 大阪湾
COD 404 (85) 404 (91) 472 (116)
窒素含有量 402 (87) 390 (88) 440 (103)
りん含有量 25.2 (5.6) 24.6 (5.8) 27.4 (6.6)

<参考文献>

1) 水質汚濁に係る環境基準(環境省WEB)

2) 一律排水基準(環境省WEB)

3) 水質汚濁防止法排水基準等について(東京都環境局WEB)

4) 水質総量削減(環境省WEB)

5) 水質基準項目と基準値(厚生労働省WEB)

 

技術委員会 副委員長 八谷宏光
(東亜ディーケーケー株式会社)

2019年7月30日 公開

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