分析機器情報

MSイメージングによる機器分析 イメージング質量顕微鏡で身の回りの物質を探る

1. はじめに

質量分析法は、目的の化合物をイオン化し、 質量電荷比(m/z)により分離されたイオンを検出することにより、その化合物の構造等を調べる分析方法である。 このイオン化をマトリックス支援レーザー脱離イオン化法(MALDI)により行う装置がMALDI-MSであり、微生物同定や質量分析イメージング(Mass Spectrometry Imaging:(MSI)法などを応用例として、使用用途が広がっている1)

MSI法は、一般的にはサンプルをMALDIなどで直接イオン化し、次にこれを飛行時間型質量分析計(TOF-MS)で質量分離し分析するという原理に基づき、生体組織の切片上において、数千~数万点におよぶ質量分析データの膨大な情報から任意の分子情報のみを選択的に解析し、分布強度を画像化するものである。この技術を利用したイメージング質量顕微鏡(iMScopeTM)は、分布情報の画像化において、精密な光学画像を顕微鏡により取得することで、まさに二次元レベルでの詳細な質量分析を可能にするものである。この手法によりペプチド、脂質など生体組織上で位置情報を保持したまま解析することが可能になり、医学分野では病態解析や薬物動態、農学分野では農薬の浸透・蓄積、有用物質の分布解析などへの応用として利用されている2,3)。本稿ではiMScopeQTを中心に、MSI全般に利用できる前処理システム、ソフトウェアについて紹介する。

2.イメージング質量顕微鏡の開発と周辺機器

2−1.イメージング質量顕微鏡 iMScope

iMScope TRIO(2013年発売)は、顕微鏡で観察された「もの」の中身を知るための質量分析計として、顕微鏡画像に対応した、高解像度のMSイメージング画像装置である。このiMScope TRIO の後継機として、飛行時間型質量分析計(Q-TOF MS:LCMS-9030)と組み合わせたイメージング質量顕微鏡 iMScope QT は開発された4)。この装置は、LCMS-9030 に取り付けることで、顕微鏡による光学イメージと高精度・高解像度の質量分析イメージを融合できるイオン源をもつ MALDI-Q-TOF 型質量分析計として使用できる(図1)。Q-TOF型質量分析計 LCMS-9030 の高い質量精度と分解能により、iMScope QTでイオン化された物質は、精度の高いイメージングデータを取得できる。

iMScope QTには、40倍の対物レンズによる1μm以下の高解像度画像を取得できる顕微鏡と、最小5μmから約200μmまでビーム径を可変に設定できるUVレーザ(Nd : YAGレーザ、波長355nm・周波数20kHz)が搭載されている。MSI法により、分子の分布を解明する際に形態学的な特徴と関連づけて観察する場合には、できる限り空間分解能が高いことが望まれる。

図1 iMScopeQT 概観 a) iMScope QT  b)LCMS-9030
図1 iMScopeQT 概観4)a) iMScope QT  b)LCMS-9030

高空間分解能の実現には、レーザー径の微小化(5μm)に加え、マトリックスの微細結晶化などが必要である。さらに顕微鏡による位置合わせとレーザーを正確にその位置に照射するステージ制御の高精度化もあわせて必要な技術となる。CCDカメラでの位置合わせや光学画像を別に撮像するシステムと異なり、iMScope ではシステム的に統合された分析手順によるイメージング画像と光学画像の重ね合わせでは、人の手を介することがないため、恣意的な要素が入らず、正確である。

顕微鏡観察からそのまま測定するため、大気圧MALDIを採用しているが、測定中にサンプルの状態が変わりにくいという利点もある。一般に高質量分解能や高空間分解能での測定では、総分析時間は長くなるため、サンプルは長く装置内に留まることとなり、真空下に晒され、測定中にマトリックスの減少を体験することもある。質量分析装置としては、非常に高い質量分解能の有する装置も複数存在しているが、MSイメージングにおいては、総分析時間やメンテナンスに必要な時間など、質量分解能などと異なる直接仕様から見えにくい特徴にも注意が必要であり、目的によって使い分けも必要であろう5)

iMScope 発売以来、装置性能以外の要望も多くいただいている。MALDIでイオン化しない物質への対応や再現性、定量性への不安といった点に対して、新規マトリックスの開発6)や誘導体化、塗布方法の改良7)、解析方法の開発などもあわせ、MSIに対するトータルソリューションの提供を目指し、複数の周辺装置、ソフトを開発してきたので、これをあわせて紹介したい。

2−2.前処理装置 iMLayer / iMLayer AERO

MALDI-MS イメージングを行うためのサンプル前処理の装置として、iMLayer とiMLayer AEROは、それぞれ蒸着、溶液噴霧と異なる原理で目的を実現するために開発された。iMLayer は膜厚測定により、iMLayer AERO は雰囲気制御と塗布条件の固定化により、それぞれ前処理の再現性を担保している。特に、iMLayer AERO は、従来のハンドスプレーの課題であった作業者の技量や噴霧時の周辺環境の条件ばらつきを解消することを目指しているが、2段階蒸着のための後処理に使用することで、空間分解能と感度の両立に有用であることが示された。この2段階蒸着法は、蒸着のみでは検出できない化合物の測定の際に、高い空間分解能を維持したままでのイメージングを実現する7)

マウスの肝臓サンプルを用いGSSG(酸化型グルタチオン)、HemeBを標的とした5μmでの高空間分解能測定での解析により、高い位置精度と感度の両立を実証した例を示す。マウス肝臓の切片のうち、辺縁部を含む領域と、血管部位を含む部位について、9-AA(9-amino acridine : 9-アミノアクリジン)をスライドグラス表面上に膜厚1.0μmになるようにiMLayer で塗布したのちiMLayer AEROにより重層しイメージングした。

スライドグラスを専用ホルダにセットし、撮像から前処理、測定まで実施することで、GSSGが肝臓組織から滲みだすことなく検出することを光学画像との重ね合わせにより正確に確認することができた(図2 a-2)。スプレー法では、100-150μm程度のわずかなサンプル外への滲みが発生している(図2 b-2)が、通常の分析では、イメージング画像に合わせて画像の重ね合わせを実施することが多いため、この誤りに気が付かないことが多い。

図2 マトリックス塗布条件の違いによるGSSG イメージング結果a-1) b-1): 光学画像 a-2):2 段階蒸着法 b-2):e スプレー-2): m/z 426 スケールバー:100 μ m
図2 マトリックス塗布条件の違いによるGSSG イメージング結果
a-1) b-1): 光学画像 a-2):2 段階蒸着法 b-2):e スプレー-2): m/z 426 スケールバー:100 μm

また肝臓内の血管部分ではHemeBを検出している(図3)。切片上の HemeB は、本来血管内は均質もしくは血管壁に近い分布を示すはずであるが、スプレーで塗布している場合、シグナル強度のばらつきが大きくなっている。一方、2段階蒸着ではスプレー法とは異なりマトリックス結晶核があらかじめ形成されているため、この結晶形成のばらつきが小さく、均質性の高いデータが得られている。この利点は、高解像度イメージングデータの取得時に特に影響が大きいと考えられる。多少結晶形成にばらつきがあっても、レーザー径が大きい場合にはその影響はわかりにくかったが、マトリックス塗布状態の再現性が高く、微細な結晶が形成される2段階蒸着法では、シグナル強度のばらつきを小さくする効果が大きいと予想される。

図3 マトリックス塗布条件の違いによるHemeB イメージング結果a : マトリックス塗布前光学画 b : 2 段階蒸着法 c: スプレー
図3 マトリックス塗布条件の違いによるHemeB イメージング結果
a : マトリックス塗布前光学画 b : 2 段階蒸着法 c: スプレー

もともとMALDI分析ではウェルごとに測定した場合のシグナル強度のばらつきは、50-200%(もしくはそれ以上)あり、定量性を論じることが難しいと考えられていた。しかしながら、適切な前処理を行ったうえで、高い空間分解能とある程度の画素数のイメージングデータを用いれば、LC-MS のデータと比較しても± 20%程度の誤差に収まると予想されるため、前処理がより重要になる。

2−3.解析ソフトウェア IMAGEREVEALMS

MSIデータの解析は、ユーザー層の増加と分析のスループットや精度の向上に伴うデータ量の増加や潜在的な情報の網羅的解析への要求から、簡単な手順で質量分析イメージデータの解析を行うことができ、大きなデータサイズに対応することが求められている。また、受託分析会社や共同利用施設でのイメージングデータの取得も増えてきたため、複数の装置を利用した解析も想定される。そういったユーザー層の用途の広がりにより、できるだけ同じプラットフォームでの解析の要求も高く、ソフトウェアに対する要求が高まっている。MSイメージングの画像解析に絞ったとしても、複数の多変量解析機能に加え、興味領域(RegionOf Interest : ROI )間の比較などを、時間や手間をかけることなく、多様な観点から解析したいといった要望がある。これらの要望に対して、他社質量分析装置でも利用可能な汎用のイメージング解析ソフトウェアIMAGEREVEAL MSを提供している。このソフトウェアでは、基本統計量やp値(t-test, u-test,ANOVA)に加え、多変量解析やクラスタ解析を行うことで、ROI間の差やROI内部の分布の特徴をより効率的に解析できる機能(差異解析、画像解析)が使用できる。参照画像とMSイメージの位置合わせや、画像の並行移動、回転、拡大縮小などは、連続切片での染色画像との重ね合わせ、マトリックス塗布や真空雰囲気によるサンプルの収縮に対応した非線形(位置毎に異なる変異の変形が行われる)の画像レジストレーションも、イメージング画像の表示には有用な機能である。

3. MSIの課題と今後の発展に向けた要望

MSIの課題は高感度化とイオン化可能な物質の拡大であった。しかし、マトリックスの塗布方法について、蒸着後にマトリックス溶液を塗布することで従来法に比べ10-40倍検出感度が上がったとの報告7)もあり、その課題も改善されつつある。また、イオン化が困難な化合物を組織切片上で誘導体化することで検出する報告もある8)

感度面の不満は、高い質量分解能でシグナル/ノイズ(S/N)を向上させることで目的化合物のシグナルを分離することにより改善される。また、高分子の検出が困難である点は、真空下でのイオン化により改善される部分も多い。ただし、一般に高質量分解能の測定が可能な装置は真空下でイオン化するものが多いため、サンプルは長く装置内に留まることとなり、真空下に長時間晒され、マトリックスが測定中に減少する場合もある。高質量分解能装置は、導入や運用コストに加え、測定自体の難易度も高くなりがちで、用途によってはイメージングを専門とする受託施設を利用する方が有利になるとも予想される。一方で、探索的研究といった分野では、ユーザーの経験をあまり選ばない直感的に使用できる装置は、前処理から測定、解析までを、より手軽に実施できるシステムとして整備されているべきであろう。顕微鏡をベースとした iMScope シリーズは、顕微鏡画像から直感的な測定が可能な装置であり、前処理から解析ソフトウェアを含め、トータルで新規のユーザー層へ提供できるシステムであるが、まだまだ認知度が低い。スライドグラス上に準備されたわずか10μm厚の生体切片から得られうる、他の情報と組み合わせて、さらに情報量を上げていくことが、本システムのより広い普及のための要件であると考える。生体から得られる情報の利用については、遺伝子、たんぱく、代謝物、脂質などの物質ベースにとどまっているところを、より広げていくことが必要である。

4.MS イメージング分析法の今後の展開について

MSIによる薬物動態解析や代謝物研究は、従来行われているラジオアイソトープ(RI)ラベルのイメージングやLC-MS(/MS)での分析法と比べ、前処理の簡便さ、微細な空間での分布情報、さらに体内の代謝物の変動など、得られる情報の豊富さから非常に有効な手段である5)と期待されている。もとより本手法の応用範囲は、創薬に限らずさまざまな分野に適用可能な技術として、注目を集めている9,10,11)

物質の分布状況を可視化するMSI法は、研究者自身だけでなく、その物質を使用する人にとって、よりアピールするものとなる。CTスキャン画像のような3D化による立体的なMSI表示や、皮膚や毛髪への浸透といった特定部位での物質の可視化は、今後もっとポピュラーなものになる。今後、MSイメージング画像を広告などで目にする機会も多くなる。今後、最も日常に溶け込んだ、質量分析のアプリケーションの一つになるかもしれない。

一方、現在広く利用されている臨床分野での応用では、他のモダリティと連携することで情報の多元化を進め、より深い知見が得られるようになることが想定される。多次元の情報を統合するAI技術も組み合わせることで、将来的な創薬や診断技術の開発につながると信じている。そのためには、高分解能化・高感度化に加え、使いやすいMSIシステムを提供し、さまざまな分野でこの技術がよりポピュラーなものとして使われることを期待している。

5.謝辞

質量顕微鏡の開発は、独立行政法人科学技術振興機構(JST)の先端計測分析技術・機器開発プログラム「プロトタイプ実証・実用化タイプ」の支援を受けて行われ、学校法人慶應義塾大学医学部末松誠教授、国立大学法人浜松医科大学医学部瀬藤光利教授らとの共同研究を通じて、共同研究者からはさまざまな貴重なアドバイスをいただきました。ソフトウェアについては、先端融合医療レドックスナビ研究拠点 国立大学法人九州大学との共同研究によって得られた成果を製品化しました。その後の開発に関しても、多くの共同研究者の皆様のご助言ご協力をいただきました。関係者の皆様に対し、ここに深く謝意を表します。