ペロブスカイト太陽電池の分析技術紹介
はじめに
ペロブスカイト太陽電池は、2011年に宮坂力氏によって初めて報告されて以来、次世代型太陽電池として世界的に着目を集めている[1]。近年ではその高効率化および安定性向上を目指した研究開発が急速に進展している。しかし、長期安定性や環境耐性などの課題が残されており、実用化に向けた材料設計と構造最適化が求められている[2][3]。東レリサーチセンターでは、ペロブスカイト太陽電池の性能および信頼性向上に資する分析技術の開発に取り組んできた。本稿では、セル製造プロセスの中でも特にペロブスカイト層の乾燥工程に着目し、各種物理および化学的分析を通じて得られた知見を報告する。なお、本材料系の試料では吸湿性の高さのために大気に曝露しない環境(大気非曝露)下での評価が必要となる。そのため、いずれの測定でも露点温度RH-50℃以下の窒素雰囲気のグローブボックス内にてハンドリングし雰囲気を保ったまま各分析装置に搬送することで、試料取り扱い中および測定環境中における水分の影響を減らし評価を実施した。
ペロブスカイト太陽電池のバルク評価
TPD-MSによる素子からの発生ガス評価
ペロブスカイト太陽電池の成膜工程では、溶液塗布後の乾燥工程が特性に大きく影響する重要なプロセスであり、雰囲気や温度制御が特性向上のカギとなる。本評価では乾燥工程中における揮発成分の挙動を詳細に評価するため、Temperature Programmed Desorption-Mass Spectrometry(TPD-MS)を用いて測定をした。TPD-MSでは、試料を加熱する際に発生するガスを質量分析によってリアルタイムに測定する手法であり、各温度範囲で発生するガスを定量的に評価することが可能である(図1)。本評価では、ステージ温度を10℃ min-1にて室温から300℃まで昇温し、Heをキャリアガスとして流速50 mL min-1で供給した。本装置では、評価可能な質量数は m/z~300までであり、試料が吸湿した水分(H 2O, m/z: 18)だけでなく溶媒成分のジメチルスルホキシドやジメチルホルムアミド(DMSO, m/z: 78; DMF, m/z:73)などのデバイス中の残存成分の評価も可能となる。図1(b)に示すTPD-MS測定の結果より、150℃以上の温度において、NH3(m/z:17)およびI2(m/z:254)がガス発生している。加えて、試料温度180℃以上において、メチルアンモニウム(MA, m/z:30)が発生している。一方で、ホルムアミニジウム(FA, m/z:38)の発生は認められない。この結果は、乾燥工程時の温度制御がMA の揮発抑制に重要であることを示唆している。以下での一連の評価では、窒素雰囲気中にて150℃で、1, 10, 30 minutesの熱処理をした試料を評価した。なお、太陽電池の発電特性に関しては、尾崎らによる論文を参照されたい[4]。
(a)

大気非曝露XRD測定による結晶構造変化
次に、X-ray Diffraction(XRD)を用いて結晶構造の変化を評価した。試料は窒素充填グローブボックスにて不活性用密閉試料ホルダーに封入し、窓越しにXRD測定を行うことで、大気非曝露の環境での評価が可能となる。測定には、電圧40 kV、電流40 mA、Cuターゲットを用いた一般的な実験室系XRD装置を使用し、ブラックブレンターノ法にて測定した結果を図2に示す。図中に●で示すα型ペロブスカイト相(PVK)および基板のITO(×)の存在を示唆するピークが確認される。さらに、●に示すペロブスカイト相の回折ピークには、ある特定の面指数における強度の偏りは認められず、ランダム配向であることがわかる。一方で、いずれの試料でも発電に寄与しないδ型ペロブスカイト相は未検出であった。また、(A)および(C)にて△で示すPbI2のピークが1 minuteおよび10 minutesでは認められないのに対して、30 minutesでは明確に確認された。
全熱処理時間において(B)で示す通り(101)の強度は確認されないため、熱処理時間の増加に伴いPbI2が生成し、成膜方向に対してc面が優先的に配向していることがわかる。

GCIB-TOF-SIMSによる昇温時間ごとの深さ方向元素分析
各熱処理時間でペロブスカイトの構成成分の検出量と分布を深さ方向に評価した。Secondary Ion Mass Spectrometry(SIMS)では、イオンビーム(一次イオン)を試料に照射しスパッタリングにより試料から放出される二次イオンを質量分析器によって分離・検出する分析手法である (図3上段)。この手法では高感度な分析が可能であり、HからUまでのすべての元素を分析できる。また、Gas Cluster Ion Beam(GCIB)を利用するGCIB-TOF-SIMSでは、従来のエッチングイオンよりも1原子当たりのエネルギーが格段に低いため、元素に加えて有機成分も分析可能となり、有機分子を壊さずに深さ方向に評価することが可能である。図3(a)および(b)にGCIB-TOF-SIMSの結果を示す。下部透明電極のIn、Snやペロブスカイト層の構成元素であるCs、Pbとともに、ペロブスカイト層を構成する有機カチオンであるMA、FAそれぞれの深さ方向の分布が把握できた。MA、FAについて各熱処理時間での深さ方向の分布を比較評価した結果を図3(b)に示す。FA+の深さ方向のプロファイルは熱処理時間が増加しても変化はないのに対して、MA+は表面近傍の強度が低下していることがわかる。これはTPD-MSで、MAがガスとして発生していることと対応しており、150℃の温度帯でも分子量のより小さいMAから揮発しやすいことが想定される。
ペロブスカイト層表面の評価
SEMによる表面形態観察
本章では、前章で評価した熱処理後のペロブスカイト層について表面の状態を評価した。 Scanning Electron Microscopy(SEM)では、電子線を試料に照射し、試料表面から放出される二次電子や試料内で弾性散乱された後方散乱電子(反射電子)を検出・画像化することで、試料の形態(表面の凹凸)と組成コントラストを観察することができる(図4)。表面SEM像ではペロブスカイト層の表面形態を反映した像が得られており、熱処理時間の増加に伴い橙色矢印の位置で角張った粒子が増加することが確認された。一方、反射電子像では角張った粒子の輝度が高いことがわかる。さらに輝度が高い粒子は熱処理時間の増加に伴い、サイズおよび頻度が増加している。図2にて示した熱処理時間に伴うPbI2の増加とSEM像の結果には相関があると判断される。

SPMによる表面の拡がり抵抗測定
SEM像で認められた輝度の高い領域の電気的特性を明らかにするために、Scanning Spreading Resistance Microscopy(SSRM)による評価を行った。SSRMは、Atomic Force Microscope(AFM)の探針に直流バイアス電圧を印加し、探針直下の拡がり抵抗分布を可視化する手法である。図5の表面ラフネス像中に示す通り、熱処理時間が30 minutesにおいて表面粗さの増大が確認された。また、熱処理時間の増加に伴い拡がり抵抗の高い粒子の頻度が増加する傾向が確認された。これらの粒子は、母相より約6桁高い拡がり抵抗を示した。XRDおよびSEMの結果と併せて考察すると、熱処理により電気抵抗の高いPbI2がペロブスカイト層表面において角張った形状で形成され、表面平坦性が損なわれたことが示唆される。

ペロブスカイト太陽電池断面の詳細評価
STEM-EDXによる元素分布および結晶構造解析
本章では、前章で評価したペロブスカイト層やPbI2の微細構造、元素分布および結晶構造を断面方向から確認することを目的としてTransmission Electron Microscopy(TEM)による観察を実施した。TEMの利点として、局所領域での元素分布や結晶構造といった複数の情報を同一視野内で評価可能である点が挙げられる。熱処理時間30 minutesの試料について、Focused IonBeam(FIB)装置により薄膜試料を作製し、断面TEM観察を行った。形態および元素分布の評価結果を図6に示す。低倍率のScanningTEM(STEM)観察より、ペロブスカイト/PbI2/ SnO2/ITO/Glass substrateの層構造が確認された。エネルギー分散型X線分光(EDX)による元素マップから、表面近傍においてPbおよびIの強度が高く、Brの強度が低い局所的な偏在が認められた。図左下に示す当領域の高倍率HAADF-STEM像から、この当領域がPbI2であることが同定された。VESTAで描画したPbI2の結晶構造の通り、Pb、I原子それぞれのカラムに対応する[5]。構造解析の結果より、図2のXRD結果と同様にPbI2のc面が成膜方向とほぼ平行に配向していることが確認された。

ACOM-TEMによる結晶方位観察
ペロブスカイト相やPbI2についてその分布や結晶配向を評価するため、Automated Crystal Orientation Mapping in TEM(ACOM-TEM)を評価した。ACOM-TEMは、細く絞った電子線プローブを試料上で走査し、電子回折パターンを連続的に取得する方法であり、試料の結晶方位や結晶相を高い空間分解能で解析することができる。図7のImage Quality(IQ)mapからは、各試料における結晶粒径が把握できるが、ペロブスカイト層の結晶粒径に顕著な差異は認められなかった。一方、Phasemapからは、ペロブスカイト層中に青色で示されるPbI2が微小な結晶粒として存在し、熱処理時間の増加に伴いその結晶粒径および頻度が増加する傾向が確認された。 Inverse Pole Figure(IPF)マップは、成膜方向に対する結晶方位を示す図であり、右側に示すカラーキーに対応して各測定位置の方位情報が視覚的に表現されている。下段に、カラーキーに対応するペロブスカイト相およびPbI2での結晶構造および結晶面を示した。ペロブスカイト相のIPFマップの結果からは、結晶成長方向にランダム配向であることが認められ、これはXRDの結果とも矛盾しない。一方、熱処理時間が30 minutesの試料におけるPbI2のIPFマップでは、ペロブスカイト層領域において(0001)面を示す赤色の分布が優勢であることが確認された。これにより、熱処理時間の増加に伴い成膜方向に対して(0001)面を有するPbI2が選択的に結晶成長している可能性が示唆される。さらに、XRDでは検出下限未満であった熱処理時間の短い1 minuteおよび10 minutesの試料においても、表面および基板近傍でPbI2の存在が確認された。当評価により、ペロブスカイト相とPbI2相の方位関係を高空間分解能にて把握することが可能となる。

まとめ
ペロブスカイト太陽電池の状態の把握のため、各種評価法を用いて熱処理に伴う発生ガス、結晶構造、表面および断面の形態、構成成分の変化を評価した。これら評価結果から、窒素ガス雰囲気中での熱処理によりペロブスカイト表面層が改質されることが確認された。東レリサーチセンターでは、ペロブスカイト層の評価に加え、フィルム基板や防湿バリア膜など各部材の評価においても豊富な実績を有しており、これらの知見を活かした包括的な解析が可能である。また近年は、冷却GCIB-TOF-SIMSを用いた修飾層の深さ分布評価の精度向上など、新たな分析技術の開発にも取り組んでいる[6]。











