分析機器情報

走査型プローブ顕微鏡の原理と応用

概要

 走査型プローブ顕微鏡は、走査型トンネル顕微鏡(STM)や原子間力顕微鏡(AFM)に代表される、微小な針(探針:プローブ)で試料をなぞって、その形状や性質を観察することができる新しい顕微鏡の総称です。従来の光学顕微鏡や電子顕微鏡と異なり、撮像自体にはビームやレンズを使用しないが、一定の条件と試料に対して原子・分子レベルの分解能を持ち、拡大能力では透過型電子顕微鏡に並ぶ。また、真空環境を必ずしも必要とせず、大気中や溶液中で使用できるのも大きな特長です。さらに最近では、表面観察だけでなく、試料表面の各種物性を画像化することができるようになってきています。その原理と応用例をご紹介します。

1. はじめに

 走査型プローブ顕微鏡(Scanning Probe Microscope:SPM) は走査型トンネル顕微鏡(Scanning Tunneling Microscope:STM )や原子間力顕微鏡(Atomic Force Microscope:AFM)に代表される、微小な針(探針:プローブ)で試料をなぞって、その形状や性質を観察することができる新しい顕微鏡の総称である。探針先端を試料表面に近づけ、試料‐ 探針間の力学的・電磁気的相互作用を検出しながら走査することで、試料表面の拡大像や物性の情報を得ることができる(図1)。SPM は、1980 年代に発明された新しい装置である。従来の光学顕微鏡や電子顕微鏡と異なり、撮像自体にはビームやレンズを使用しないが、一定の条件と試料に対して原子・分子レベルの分解能を持ち、拡大能力では透過型電子顕微鏡に並ぶ。また、真空環境を必ずしも必要とせず、大気中や溶液中で使用できるのも大きな特長である。さらに最近では、表面観察だけでなく、試料表面の各種物性を画像化することができるようになってきており、ナノテクノロジー研究に必須の顕微鏡装置として一層の応用の拡がりが期待されている。

図1 SPM の概要

図1 SPM の概要

2. 走査型プローブ顕微鏡の原理

 一般的なSPM では、カンチレバーと呼ばれる小さな片持ち梁を使用し、その反りや振動を検出して試料形状や表面物性を観察する。典型的なSPM の基本構成を 図2に示す。通常、SPM では探針が先端に形成されたカンチレバーを使用し、探針と試料との間に働く微小な力:原子間力によるカンチレバーの反りや振動の変化を、カンチレバーに照射したレーザー光により感度良く検出する。カンチレバー背面に焦点をむすんだレーザー光の反射光は、ミラーを経てフォトディテクターへ入射する。フォトディテクターは二分割または四分割されており、カンチレバーの変位(たわみ)により変化する反射光の角度を、各ディテクターの入射光の相対値として検出する。これは光てこ法と呼ばれ、文字通り光の反射方向が梃子のように拡大されることを利用した方式で、高性能AFM の定石手法となっている。このようにしてカンチレバーの動きを監視しつつ、一方、カンチレバー・試料のいずれかは、ピエゾ素子等を用いたスキャナにより三次元的に精密走査・制御される。これらの検出および制御はいずれも原子・分子レベルの分解能(サブナノメートル以下)を実現するのに十分な性能が達成されている。

図2 SPM の基本構成

図2 SPM の基本構成

 一般に、カンチレバーは試料表面:XY 平面上を走査しつつ、反りが一定になるように試料からの距離:Z(高さ)をフィードバック制御する(コンタクトモード)。あるいは、振動の変化が一定になるように、やはりZ軸を制御する(ダイナミックモード)。走査のそれぞれの位置(X,Y座標)に対応したZ軸のフィードバック量(スキャナへの出力電圧)を計算機に取り込み、三次元画像として再生処理することにより、試料表面の三次元凹凸像(試料表面の形状観察像)を得ることができる。凹凸像は、濃淡表示や疑似カラー表示、三次元鳥瞰図で表現され、画像解析処理(オフラインソフトウェア)で、任意の断面形状を解析したり、面の粗さ解析を行なったりすることができる。SPM の観察モードにはいくつかの種類があるが、大きくは、コンタクトモード(DC モード)と、ダイナミックモード(共振モード、AC モード)に分類される。両モードの比較を、表1 に示す。

            表1 SPMの概要

表1 SPMの概要

コンタクトモードでは、カンチレバーを試料表面に近づけた際の静的な原子間力を検出する。試料‐探針間の微小な斥力によってカンチレバーがたわむ。その斥力が一定、すなわちカンチレバーのたわみ(反り具合)が一定になるようにフィードバック制御を行ない、そのフィードバック量を計算機に取り込み、表面の凹凸を画像化する。原理的にシンプルであり、従来はSPMで最も標準的に用いられたモードである。しかし、大気中では、探針が試料表面の吸着水膜(コンタミ層)に浸かっている状態で走査していることが多い。このため、カンチレバーは試料からの斥力以外に凝着力(メニスカスフォース)の影響を受け、横に引きずり線のようなノイズが入った画像が得られる場合がある。また、動きやすい試料、柔らかい表面の撮像には不向きである。
ダイナミックモードでは、カンチレバーに縦方向の励振を加え、共振周波数付近で振動させる。この状態で探針が試料に接近すると振幅が変化する。この現象を利用して振動振幅が一定になるようにフィードバック制御を行なう。走査時に探針が試料を引っかくことが少ないため、動きやすい試料や吸着性のある試料に向いている。また、ダイナミックモード用カンチレバーはコンタクトモード用と比べて硬い(バネ定数が大きい)ため、静電気等の影響も受けにくいとされている。最近ではダイナミックモードがSPM の標準的なモードとなっている。
多くの市販SPM 装置では、基本となる形状観察と同時に、電流や電位、硬さや粘弾性といった試料表面の物性を反映した信号の画像を取得することができ、各種のSPM 手法が利用できるようになっている。本稿ではそれらの詳細は省略するが、興味のある方は各文献を参照頂きたい1)

3. 走査型プローブ顕微鏡の応用

SPM は以下のような幅広い分野で使用されおり、その応用例は非常に多くある2)

・金属、半導体、セラミックス、ガラスなどの工業材料の表面観察、粗さの精密測定
・液晶、高分子、樹脂、結晶、触媒、LB 膜などの観察
・生体膜、微生物、細菌、細胞、タンパク質、DNA など生体試料の観察、検査
・潤滑膜、摩耗表面、腐食面、破断面などの観察、実験
・雰囲気ガス中、加熱冷却、湿度制御、化学反応中などのリアルタイム観察

  図3にSPM による高分解能観察例を示す。(a)はマイカ(白雲母)へき開面をコンタクトモードで観察した例であり、表面の結晶構造を反映した格子周期が観察されている。マイカはへき開しやすく、容易に原子的平坦面を得られることから、SPM で原子分解能観察が可能である。(b) は環状のプラスミドDNA を大気中、ダイナミックモードで観察した例である。このプラスミドDNA は約3000 塩基対からなり、画像上から計測される約1μm の周囲長は、X 線回折等による解析から良く知られている基本単位長(0.34 nm/塩基対)からの計算した値と良く一致する3)

SPM による高分解能観察例

                 図3 SPM による高分解能観察例
                 (a) マイカへき開面 (4 nm x 4 nm) 
                 (b) プラスミドDNA (1.5 μm x 1.5 μm)

 SPM は発明からまだ四半世紀しか経っていないが、その手法の進歩、応用の拡がりには目を見張るものがある。これからもSPMは、「ものを拡大して見る」という基本的な科学・工学的手段を飛躍させる可能性のある装置として、幅広い技術や理論を巻き込んで、さらに発展を続けていくことが期待される。

参考文献

1) 例えば、「ナノテクノロジーのための走査型プローブ顕微鏡」日本表面科学会編
2) その他の応用例については、以下を参照
  http://www.shimadzu.co.jp/surface/products/sol/sp_index.html(SPM 資料室)
  http://www.shimadzu.com/products/lab/surface/spmd.html(SPM Data Room)
3)島津アプリケーションニュース No.D9(C147-3018:上記SPM資料室にて閲覧可)

大田晶弘
(株式会社島津製作所)

2013年8月13日 公開

印刷用PDFファイルへ(176kB)